d e p t h ( 3 )


 荒野を進んでいると、四人の前に、突然、石畳の広場が現れた。一辺の長さが人の歩幅くらいの正方形の板石が整然と敷き詰められている。
 四人は荒野に降り立った。乗用陸鳥ヴェクタは「広場」の手前に停める。サラは一枚の板石の上に立ってみた。正方形を一枚一枚踏みしめながら、広場の中央に向かって歩く。
「ここが、ツバル洞窟?」
 サラは広場の中央に立って首を傾げた。正方形の板石が敷き詰められた、正方形の石畳の広場。広場の周囲まわりには相変わらずの荒野が広がっている。
「確かにエニィルさんが言っていたとおりだけど……」
「どこかに地下への入口があるんじゃないかな?」
 サラの後ろからリィルが言った。その場にしゃがみこんで、一枚の板石に触れる。
「どっかの板石を外すと、地下洞窟へ下りる隠し階段が現れるとか」
「わあっ、それ、素敵ね」
 サラが楽しそうに言った。
「冗談じゃねーぞ」
 バートが不機嫌に言う。
「まさかこれだけの数、一枚一枚ひっくり返してみるとかやんねーよな」
「しらみつぶし大作戦は俺もやだな」とリィルも言う。
「暗号とか解いてここだ、ってわかるとか。何かすると仕掛けが発動して地下への入口が開く、とかのほうが良いな。……キリア?」
 リィルはヴェクタのところに留まったままのキリアを振り返った。
「どうしたんだ、そんなところに突っ立って」
 バートはキリアに呼びかける。
「早くこっち来いよ。地下への下り方がわかんねーんだ」
 キリアは小さくうなずいて小走りで駆けてきた。
「どうしたの? 何か気になることでも?」
 サラがキリアに尋ねる。
「ううん、別にそういうわけじゃなくて。ちょっと出遅れちゃっただけ」
 駆けてきたキリアは小さく息を切らせながら言った。
「で、どうしよう」
 リィルが誰にともなく言った。
「入口が見当たらないからあきらめて帰る――ってのは無しの方向で」
「まーな。せっかくここまで来たんだし」
 バートが言い、キリアもサラもうなずいた。
「エニィルさんのこともあるし……」とサラ。
「それに――感じるの」
「感じる?」
 バートがサラを見た。
「…………」
 サラは言葉に詰まっていた。今、自分が感じている漠然とした「何か」を、うまく言葉にして伝えることができない。
「大精霊”陸土リクト”の気配とか、そういうのを?」
 リィルが尋ねる。
「多分、違うと思うわ」
 と言って、サラは首を振った。
「そんな、見たことも会ったこともないモノの気配なんて、わからないもの。そうじゃなくて、自分の内側で、何かが……」
 どくん、と鼓動がサラにしか聞こえない音を立てた。サラは言葉をとめて目を閉じる。どこかから発せられているメッセージを受け入れようと、心を解き放つ。
 何かがサラをどこかへ導こうとしている。サラは目を開け、導かれるままに、歩き出した。
「サラ?」
 バートの焦ったような声が背中から聞こえてきたが、サラは構わず広場の中央から東に向けて歩を進めた。十歩ほど歩いたところで、突然、サラの足元の板石が数枚、一気に抜け落ちた。
「「「サラ!」」」
 バートとリィルとキリアは同時に叫んでいた。サラは地面に吸い込まれるように地下に消え落ちた。
 三人は慌ててサラが落ちた「穴」に駆け寄った。
「おいサラ、大丈夫か?」
 バートは穴をのぞきこんで下に向かって叫んだ。穴の中は何故か薄明るかった。
「大丈夫よ」
 サラの声はすぐ近くから聞こえてきた。サラは立ち上がってバートを見上げた。
「そんなに深くなかったの。飛び下りられるくらいの高さよ」
 バートは飛び下りてみた。穴の深さはバートの背の高さより少し高いくらいだった。バートが手を伸ばせば穴のふちに手がかけられる。バートなら自力で地上に上れるだろう。それから、キリアやサラを引っ張り上げれば良い。それを確認してから、リィルとキリアも飛び下りた。
 穴の中は壁も床も天井も岩石でできていた。全ての岩石は薄明るい光を放っていて、灯りが無くても周囲を見渡せた。四人が立っているところは小さな宿屋の一室くらいの広さがあり、奥に向かってまっすぐに通路が延びている。通路は人ひとりが何とか歩けるくらいの幅で、二人並んで歩くことは難しそうだった。通路は緩やかな下り坂になっていた。
「不思議な空間ね……」
 キリアは呟いた。サラはまっすぐに延びた通路をじっと見つめている。
「あたし……行かなくちゃ」
 と、小さく呟く。
「え?」
 キリアがサラを振り返る。
「何だか、……が、騒いで……。ごめんなさいっ!」
 サラは通路に向かって駆け出した。三人は虚をつかれる。
「サラ?!」
 一瞬遅れて、慌ててリィルも駆け出した。
「サラ、ちょっと待てっ、ひとりで行くなっ!」
 バートとキリアも続く。
 三人はサラを追って薄明るい通路を駆け下りた。何も考えている暇はなく、とにかくサラに追いつこうと全力で走るしかなかった。通路は狭く、足元も平らではないので走り辛い。通路がまっすぐだったのは最初だけで、あとは右に左にカーブしながら、地下深いところに下りていく。
 最後尾を走るキリアは何度か岩に足をとられてよろめいた。そのたびに前を走るバートとの差が開いていく。だんだん呼吸が苦しくなってきて、足も痛くなってきた。キリアは立ち止まって岩に手をついてしばらく呼吸を整えると、最後の力を振り絞って声を張り上げた。
「ごめん、もう限界、先行ってて!」
 キリアはその場に座り込んで息を切らしていた。ここはどこなんだろうと思う。ずいぶん走って、かなり深いところまで下りてきたのではないだろうか。
 しばらくして、バートがひとりで駆け戻ってきた。
「大丈夫か?」
 と言って、キリアの隣に腰を下ろす。
「な、なんで戻ってきたのよ? サラは?」
「リィルが追っかけてる。俺はキリアんとこ戻れって言われた」
「私なんかよりサラのことを心配しなさいよ」
「でもお前をひとりにするわけにはいかないって、リィルが」
 と、バートは言う。
「俺もそう思ったし」
 キリアは大きく息をついた。
「ごめん、足手まといで」
「別に。先頭のリィルが追いつけなきゃ俺たちだって追いつけねーし。ま、急ぎつつゆっくり行こーぜ」
「まーね。……ありがと、気ぃ使ってくれて」
 キリアとバートは少し休憩してから走り出した。先頭をバートが走り、後ろをキリアが走る。バートはキリアにとっては速すぎるペースで走っていたが、キリアはなるべく音を上げずに頑張ってついていくつもりでいた。
「?!」
 突然、キリアの目の前が真っ暗になった。一瞬後、冷たい床の上に横たわっている自分に気が付く。あれ? どうして自分は倒れているのだろう……
「おいっ」
 叫んでバートが駆け戻ってきた。キリアはゆっくりと上半身を起こす。
「大丈夫かっ?」
 バートはキリアの顔を覗きこんできた。
「ダメかも……」
 キリアは小さく言った。走っているときは夢中で気がつかなかったが、冷静に自分を見つめてみると、今の自分のコンディションは最悪だった。頭がぼうっとして、身体が熱っぽく、吐きそうなくらい気分が悪い。
「……ねえ、ヘンなにおいしない……?」
 キリアはバートに尋ねた。
「ヘンなにおい? 別に俺は何とも」
「やばいくらい空気悪いわよ、ここ。しかも下りていくにつれて空気の悪さが増していくみたい。……あんまり考えたく、ないんだけど。深いところで有害なガスか何か吹き出ているんじゃないかな……」
「げっ」
 それを聞いて、バートが顔をしかめた。
「俺は今のところ大丈夫だけど、お前は具合悪くなってるしな。じゃあ、さらに最深部に下りてったリィルとサラは……」
「早く連れ戻したほうが良いわよ、きっと。最悪、途中で倒れてたりして……」
 キリアは苦しそうに息をつく。
「早くそのこと伝えに行かなきゃ……」
「でも、お前、」
「私はまともに動けそうにないから、ここで待ってる」
 とキリアは言った。
「バートは早く行って」
「………」
 バートはしばらく難しい顔をして考えこんでいたが、やがて、キリアに背を向けてかがみこんだ。
「……え?」
「おぶってってやる。まずはお前を地上に連れてって、それからサラとリィルを連れ戻す」
「え? わ、私は良いわよ、ここで待ってるから」
 慌ててキリアは言った。
「でも、お前をここに置いてくわけにはいかねーだろ」
 バートは真剣な声で言う。
「俺は俺で平気だし、あいつらもまだ平気かもしれねーし、でも、現にお前は具合悪くなってるんだから」
「……じゃあ、お言葉に甘える」
 キリアはバートに体重を預けることにした。ごめんね……、と心の片隅で詫びる。でも、それ以上のことを考える余裕はなかった。正直、一刻も早くこの地下洞窟から地上に戻りたかった。外の新鮮な空気を吸いたかった。
 バートはキリアを背負ったまま、上り坂をさっきと変わらないペースで駆け上っていった。地上が近づくにつれ、空気の悪さも薄らいでいき、だいぶ気分も回復してきた。
 二人は飛び下りた穴の真下まで戻ってきた。バートはキリアをその場に下ろすと、穴のふちに手をかけて地上によじ登った。そこから身を乗り出してキリアに手を伸ばしてくる。キリアはバートの手を握った。バートはすごい力で一気にキリアを引っ張り上げた。
 石畳に座り込んで、キリアは何度か深呼吸をした。青い空に、白い雲。石色の石畳に、土色の荒野。見慣れた光景をこんなにありがたく感じるなんて思ってもみなかった。
「少しは良くなったか?」とバート。
「うん、だいぶ。本っ当にありがと」
 キリアはバートに微笑んだ。
「そっか。じゃあ俺は、またひとっ走り行ってくるかな」
「悪いわね」
「いや、俺は全然元気だし」
 そう言ってバートは穴に飛び込んだ。
「気をつけてね」
 キリアは上から声をかける。
「人のことより自分のことを心配したほうがいーんじゃねーか? ええ、お嬢ちゃん?」
「!」
 キリアははっとして振り返った。赤い髪の男が二人、立っていた。



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