接 触 ( 2 )


 バートたち四人は大型乗用陸鳥(ヴェクタ)に乗って大草原を進んでいた。バートは自分の剣の鞘を腰から外し、それをぼんやりと眺めていた。
(大精霊”ホノオ”の力を宿した、剣――)
 五年前の誕生日に父から譲り受けた、思い出の剣だった。まさか、長い間身につけていたこの剣が、大精霊”ホノオ”の扉を開け、力を得るための『鍵』だったなんて。
(で、この剣は、俺以外は誰も触れることができない……)
 ということになっているらしい。リィルの父エニィルに「お互い気をつけるように」と言われた。風の扉の奥の部屋でキリアの腕輪リングに大精霊の力を宿した後、リスティルがその腕輪リングに触れようとした途端、ものすごい衝撃で跳ね飛ばされた。リスティルの右手はざっくりと切り裂かれていた。キリアが触れているぶんには大丈夫なのだが。
 ということは、この剣――炎の大精霊の力を宿した剣も、そういうことになっているのかもしれない。リィルあたりに剣を押し付けて試してみたいところだが、それで本当にショック死でもされたら後味が悪いのでやめておく。
「あれ」
 リィルが後ろを振り返って呟いた。
「父さん……それに、何か来る」
 リィルの声が硬くなる。バートとキリアとサラも一斉に後ろを振り返った。すぐ近くにいたはずのエニィルが乗っていた乗用陸鳥ヴェクタがいなかった。遥か遠くに黒いスーツ姿の男性が立っているのが見える。そして、そのかたわらには、赤い髪の男が二人。
「げっ。あの長髪……アビエスじゃねーか?」
「アビエス?」キリアがバートに聞き返す。
「ガルディアの……ナントカ部隊の隊長だとかなんとか」
「大変っ、引き返さなきゃ!」
 サラが叫び、リィルは了解してヴェクタの向きを変えようとした。
「っていうか、何か来てるぞ!」
 バートも叫んだ。赤い獣が三匹、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。バートは速度の落ちていたヴェクタから飛び降りて地に立った。剣を抜き放って構える。
 遠方のエニィル達のそばにも同じような赤い獣がいた。ということは、こちらに向かってくる獣達も、やつらが差し向けたものだろう。そして、エニィルは一人で赤い獣とガルディアの部隊長二人を相手にしていることになる。
「あの獣は俺が何とかする。お前らはエニィルさん助けに行け!」
 バートは叫んだ。
「一人で? 相手は三匹よ!」
 サラが言い返す。
「私も残る!」
 キリアもヴェクタから飛び降りてきた。ヴェクタに残る二人を見上げて言う。
「私が遠距離攻撃でサポートするから。リィルとサラはエニィルさんを!」
「わかった。じゃあ、ここは任せる」
 リィルはうなずいて手綱を握った。
「バート、キリア。気をつけてね」
 サラがヴェクタの上から心配そうに声をかけた。
「そっちこそ、よ」とキリアは答える。
「さっさと片付けて加勢に行きましょ、バート」
「おう」
 バートは剣を構え直した。向かってくる獣を凝視する。大きさは野生の狼の三倍くらいはあり、毛並みは赤く輝いていた。バートめがけて真っ直ぐに駆けてくる。バートも地面を蹴って駆け出した。
「ちょっと! 勝手に飛び出さないでよ!」
 キリアの声が背後から聞こえるが、バートは構わずスピードを上げる。獣達をヴェクタから引き離すつもりだった。
「リィル、行けっ!」
 獣達の進行方向を変えさせてからバートは叫んだ。
「サンキュー!」
 リィルが叫んでヴェクタを走らせる。ヴェクタはバート達を大きく迂回して駆け出した。
 それを見ながら、バートは迫り来る獣が間合いに入るのを待ち構えた。間近で見るとかなりの大きさがあるのがわかる。剣の届く位置まで引きつけ、先頭の一匹に向けて剣を振り下ろした。
「?!」
 いつもと違う手応えにバートは愕然とした。
 振り下ろした剣から立ちのぼる炎は強大な業火となって赤い獣を包み込んだ。その熱の熱さをバートも全身で感じた。炎は後続のもう一匹をも巻き込んで燃え上がる。そして、二匹の獣は跡形もなく消滅した。
 炎の威力が以前と比べて何倍にも増していた。それでも疲労は感じない。内側からとめどなく溢れ出てくるような、尽きることない炎のエネルギー。こんな感じは初めてだった。バートは振り下ろした剣を見つめたまましばし呆然としていた。
「何ぼんやりしてるのっ」
 背後からキリアの叱責が耳に届く。はっと顔を上げるともう一匹の獣が目の前に迫ってきていた。剣を構え直すよりも早くキリアが叫んだ。
「風の精霊!」
 バートの髪を揺らして疾風が駆け抜けていった。次の瞬間、目の前の大きな獣の首と胴がすっぱりと切断された。一瞬の出来事にバートは息を呑んだ。切り落とされた首は地面に落ち、砕けて消滅する。同時に二つに分かれた胴も赤く輝いて消滅した。
(今の、「風の刃」か?)
 バートはキリアを振り返った。キリアは右手の腕輪リングを見つめて呆然としている。
「どうした、キリア?」
 バートはキリアに歩み寄った。
「今のが……」
 キリアは小さく言う。
「まさか、『大精霊』の力……?」
「……俺も感じた。何かいつもと違う感じだった」
「まさか一撃であの大きい獣を切断できるなんて……。それに、何なの。この後から後からわき上がってくるような、この感じ」
 バートは自分の剣に目をやった。父クラリスの顔が浮かんだ。自分に剣を託してガルディアのもとへ去った父。平然とピアンの町を襲った父。自分を容赦なく切り捨てた父。
「そうか……」
 バートは呟いた。
「この力があれば……今の俺なら、あの父親に勝てる……!」

 *

 アビエスは遠くから、バートとキリアが一瞬のうちに赤い獣を消滅させたのを見ていた。メヴィアスの大型獣が足止めにすらならなかった。目の前の男エニィルも、見たところ、メヴィアスと互角に渡り合える能力を持っている。エニィルの息子と『大地』の力を持つピアン王女の乗る乗用陸鳥ヴェクタもすぐそこまで迫っている。彼らに合流されたらやっかいだ。それに、早々と大型獣を片付けてしまったバートとキリアもすぐに追いつくだろう。潮時だ、とアビエスは判断した。
「退きましょう、メヴィアス様」
 アビエスはメヴィアスに声をかけた。
「ああ?」
 エニィルの「水」の攻撃を「炎」で相殺しながら、メヴィアスが不満そうに言い返した。
「目的は達成されました。これ以上いたずらに消耗しても意味はありません」
「目的?」
 目を細めてエニィルは遠方のバートとキリアを見やった。
「ああ、なるほどね」
「何がなるほどだ!」
 メヴィアスは肩で息をしながら叫んだ。自分がこれほどまでに苦戦させられていることが面白くなさそうだった。
「良かった」
 涼しい顔でエニィルは微笑む。
「退いてくれるなら止めないし追撃もしない。言ったよね、僕は争いは好まないって」
「ちっ」
 メヴィアスは悔しそうに吐き捨てた。
「いつか……決着をつけてやるからな、エニィル!」
 ガルディアの二人は赤い翼で大空に舞い上がった。エニィルはそれを静かに見守っていた。
 間もなく、リィルとサラの乗った大型ヴェクタがエニィルのもとに追いついてきた。
「父さん!」
 息子のリィルがヴェクタの上から声をかけてきた。
「……ひょっとして、遅かった?」
「ううん」エニィルは見上げて首を振った。
「無用な戦いが避けられて良かった」
「ええ。エニィルさんが無事で本当に良かったです」
 サラがにっこりと微笑んだ。そして、後ろを振り返って呟く。
「バートとキリアは無事かしら?」
 エニィルも遠方を見やった。敵が去ったことを見届けて、ゆっくりとこちらに歩いてくるバートとキリアの姿が目に入った。
「さ、彼らを迎えに行こうか」
 エニィルは二人に声をかけた。
「うん。そうだね」
 リィルがうなずき、エニィルは自分のヴェクタに乗り込んだ。



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