炎 の 扉 II ( 3 )


「あ……れ……」
 バートはサラを見て呟いた。全身が冷たいなと思ったらびしょ濡れで、前髪からぽたぽたと水が滴り落ちていた。バートは地面に座り込んでいて、目の前にはサラが同じように地面に座り込んでいた。
「ええと……」
「バートっ!」
 サラが顔をぱあっと輝かせ、自然な動作でバートに抱きついてきた。
「……お、おいサラっ」
「良かった……!」
 バートの胸の中で、サラが大きく息をついた。バートはサラの金髪もびしょびしょに濡れていることに気がついた。いや、髪だけでなく、サラも自分と同じように全身がびしょびしょに濡れている。
 バートは抱きついてきたサラを引き剥がすこともできず、固まったまま記憶を辿っていた。”ホノオ”の扉を開けて、中に入り、大精霊の力を、剣に……
 で。気がついたら扉の外にいて、全身ずぶ濡れ状態だった。
「おいサラっ」
 バートはサラを引き剥がすと、サラの目を見て尋ねた。
「一体何があった? なんで俺たちこんなことになってるんだ?」
「…………」
 サラは気まずそうに視線を逸らした。一瞬後、元気良く立ち上がり、バートに笑顔を向ける。
「何も無かったわ。大丈夫! ちょっと濡れちゃったけど……」
「嘘つけっ!」
 バートは叫んだ。少しずつ、よみがえってくる、あのときの記憶……。
「俺は……」
 頭が痛くなってきて、バートは額に手を当てた。
「……リィルっ」
 バートはリィルを振り返った。リィルは苦笑いのような表情を浮かべて、こちらを見ていた。
「おい、俺が意識失ってる間、何があったんだ? ――俺は、何をしたんだ……?」
「……バート、」
「嘘言ったら承知しねーからな……」
 バートは低い声を絞り出した。
「嘘言ったら……お前とは、一生、絶交だ」
「…………」
「……僕が話すよ」
 にらみ合うバートとリィルの間に、エニィルが割って入った。
「父さん」
「良いよね? リィル。サラ王女」
 リィルは覚悟を決めたように小さく頷き、サラも小声で「はい」と答えた。

 *

「……やっぱり、な」
 エニィルの話を聞いて、バートはぽつりと呟いた。
「何だ、意外と冷静だね」
 リィルが拍子抜けしたように言ってくる。
「どういうリアクションを期待してたんだよ」
「期待はしてなかったけど、……もっと取り乱すかと思ってた」
「……ファオミンとかいうガルディアの女将軍が、言ってたんだ」
 と、バートは言った。
「ファオミン?」
「今リンツの地下牢に捕まってるアイツ。こないだ、母親と一緒にヤツに会ってきたんだ。アイツが言うには、俺はクラリスの息子だから、クラリスの血が流れてるって……。俺も『翼』を持ってるはずだって。扱い方がわからないだけだって……」
「ふーん。アイツがそんなことを……」
 キリアは呟いた。
「……で。わかったの?」
「へ? 何が?」
「『翼』の扱い方」
 いんや、とバートは首を振った。
「わかるわけねーだろ。俺、結局、意識失って……暴走っつーか、みんなを傷つけようと……してたんだろ……」
 改めて口に出してみて、バートの背筋に寒いものが走った。今更ながら、声が震えてくる。俺は一歩間違っていたら……みんなを……この手で……
「……ちきしょうっ!」
 バートは右手で地面を殴りつけた。何度も、何度も。
「なんで俺の父親はガルディアで……! 俺も、その血を受け継いで……! それで、みんなを……!」
 何度目かに振り下ろした右の拳は、硬い地面ではなく、小さくて温かいてのひらに受け止められた。
「サラ……」
 バートは隣に座るサラを見た。
「バートは誰も傷つけてなんか、いないわ」
 サラはバートの目を見て、きっぱりと言った。
「あたしに剣を向けたりもしたけれど、ちゃんと止めてくれたもの。だから、大丈夫! バートは翼を持っていたって、大丈夫よ!」
 そう言って、ずぶ濡れのサラは笑った。
「サラ……」
 ……ありがとな、と呟いて、バートもサラに笑いかけた。
「……だよなっ」
 バートは言って、元気良く立ち上がった。
「こんな小っせーことで落ち込んでられっかよ! 俺は大丈夫だ! もう誰も傷つけねー! ガルディアの血なんかに負けてたまっかよ!」
 ふと、地面に落ちている剣が目に入った。クラリスから受け継ぎ、そして、大精霊”ホノオ”の力を宿した、剣。バートは剣に歩み寄り、拾い上げようと屈み込んだ。
(……大丈夫、)
 気を失う前、この剣から恐ろしいほどの炎のエネルギーが流れ込んできたのを思い出した。おそらくそれが原因で、自分の中のガルディアの血が『暴走』してしまったのだ。
(……大丈夫だ)
 バートは剣を拾い上げた。そして、以前より少しだけ重くなっているような気がするその剣を、腰の鞘の中に納めた。



inserted by FC2 system