急 転 ( 1 )


 小屋の中では、漆黒のローブに長い髪をした男が、腹を抱えてうずくまっていた。
「ぐっ……何故ピアンの王女が……これほどの攻撃力を持っている……?」
「サラにやられたのか……」
 見下ろしてリィルが呟いた。
「サラ、ああ見えて、武術得意だからな」
 とバートも言う。キリアはその長髪の男を見下ろして、やっぱり、と大きくため息をついた。
「まさかとは思ってたけど……やっぱり……シェイン伯父さまだったのね……」
「キリアか……随分と早かったな」
 長髪の男……シェインは無表情で姪のキリアを見返した。
「おあいにくさまね。伯父さまはバートとリィルに傷を負わせて私を残すことで『足止め』のつもりだったんでしょうけど。残念ながらすぐに追いかけることができちゃったのよね。だいぶ無理してだけど。……っていうか、いくら伯父さまでも、殺す気はなかったんでしょうけどやり過ぎよ! 一体何を企んでたの? ちゃんと説明してくれないと!」
「キリア、さっきからおじさまって、」リィルが尋ねてくる。
「ああ――彼、シェイン伯父さま」キリアは伯父を見て言った。
「私の母の兄で、あ、もっとわかりやすく言うと大賢者キルディアスの長男ね。で、キグリスの宮廷術士やってるの。だからあんなに『強かった』のよ」
「それでも……、俺たちがやられたのは、やっぱり俺たちの力不足なんだよな」
 バートが悔しそうに言った。
「でも、伯父さまの強さは反則級なんだから、そんなに落ち込まなくても良いのよ」
 とキリアはフォローしてみる。
「例えるなら――、そう、ピアン王国におけるクラヴィス将軍みたいな、」
 その名前を聞いて、バートがわずかに表情を硬くした。はっとしてキリアは言葉を止めた。
 今更ながら、バートに関して思い当たったことがあった。「”ホノオ”の扉」から出てきた後、サラがキグリス首都に行くと言い出したとき。バートは反対するのかと思いきや、あっさりとサラのキグリス行きに賛成したのだった。もしかしたら、サラだけでなく、バート自身もピアン首都に帰りづらく感じていたのかもしれない……。クラヴィス将軍のことで。
「シェイン……」
 キグリス王子ロレーヌが、ずいっとシェインに詰め寄った。
「……失敗したね?」
「不可抗力だ。キリアたちの声を聞いた途端、突然この王女が暴れだして……」
「バカバカ! これじゃ折角の計画が台無しじゃないか! どーしてくれるんだよおー!」
「計画? 台無し? どういうこと?」
 キリアは王子と伯父を代わる代わる見つめて尋ねた。
「……ごめんなさいっ」
 突然、シェインの傍らに座り込んでいた、オレンジ色のバンダナをした少年が、両手を床について頭を下げた。
「……アリス、」
「もうバレちゃったんだから良いでしょう、シェインさま」
 アリスと呼ばれた少年は顔を上げてシェインを見る。それから、改めてもう一度頭を下げた。
「サラ王女、キリアさん、お兄さんたち……本当にすみませんでしたっ!」
「貴方は?」キリアは少年に声をかける。
「アリストフっていいます。キグリス王宮部隊に入隊志願中ですっ」
「王宮部隊……」キリアは呟いた。
「キグリス王子と……宮廷術士と、王宮部隊で、ピアン王女誘拐に関わっていた、と……?」
 キリアは大きくため息をつく。
「……キグリス国民として、私からも謝らなくちゃね……サラに」
「どういうことなんだよ?」バートが首を傾げる。
「……アリス君。説明してあげて」
「はいっ」キリアに言われて、アリスは顔を上げた。
「つまり、今回のピアン王女誘拐は、僕たちが仕組んだ狂言だったんです」
「「「「狂言っ?!」」」
 バートとリィルとサラの声が重なった。
「どうしてそんなことを!」サラはアリスを見て叫ぶ。
「それは……」アリスは困ったようにシェインを見た。
「……王子が中心となって、キグリス幹部連中が計画したことだ」
 とシェインは言った。
「王子が……?」
 サラはロレーヌ王子に向き直った。茶金色の髪に、幼くあどけなさが残る顔。歳は、サラと同じくらいだと聞いていた。
 サラの大きな青い瞳が、じっと、ロレーヌを見つめた。
「な、なんだよ……サラ、ちゃん……」
 王子は赤くなって視線を逸らす。サラは黙ったまま、じっと王子を見つめ続ける。
「……っ!」
 真っ赤になった王子は、意を決したように、サラの瞳を見つめ返した。
「さ、サラちゃん!」
 サラの瞳を真っ直ぐに見つめて、王子は叫ぶ。
「僕はただ、キミに、この指輪を渡したかっただけなんだ!」

 *

 シェインとアリスが語るところによると、ピアン王女サラがキグリス王子ロレーヌの元に嫁いでくる、ということは、首都では既に決定事項として受け入れられており、着々と婚礼の準備が進められているらしい。
「だ、誰がそんなことを!」キリアは頭が痛くなりながら伯父に尋ねた。
「ギールのサイナスから、伝書が来た」
「ちょっと待った。伝書になんて書いてあったの? まさかピアン王女が『キグリス王子と結婚するために』キグリス首都に行くなんて、一言も書いてなかったでしょ?」
「ピアン王女がキグリス首都に来る――ということは、そういうことだろう」
「……つまりサイナスさんの筆不精の所為でキグリス幹部連中が勘違いしたってワケか……ああもう!」
「とにかく」と、シェイン。
「今回のことも、劇的な婚礼のための『演出』だからな。あくまでサラ王女には、『辺境の悪漢の魔の手からウチの王子によって助けられた姫君』として、キグリス首都に赴いて欲しい」
「よっくもまあ、ぬけぬけとそんなことを!」呆れてキリアは叫んだ。
「……伯父さま、」
「なんだ、キリア?」
「話したいことがたくさんあるの。外出ましょ」
 キリアとシェインは小屋から出た。そして、開き直った宮廷権力者と、キレたその姪の激しい口論が夕日をバックに延々と続いた。誰も……アリスも、キグリス王子ロレーヌでさえも、二人の間には入れずに、言葉少なに野外で簡単な食事を済ませたりしていた。
「はー。伯父さまと言い争うのっていっつも疲れるのよね……。色々あってこっち全員くたくただから、そろそろ寝て良い?」
 小屋を指してキリアが言うと、
「ならば我々は外で寝かせて貰おう」
「すすんで野宿なんて変わった趣味だな」
 と言いながら荷物を持って小屋に入ろうとしたバートのマントを、シェインは後ろから思い切り引っぱった。
「ぐあっ」
 首を締め付けられ、バートは後ろに倒れこむ。
「年頃の女性たちと一つ屋根の下で一夜を共にする気か」
 シェインが低い声ですごんだ。今までわりとしてました……とは言えずに、リィルは今夜は野宿か、とため息をついた。
「あれ、でも、王子はどうするんですか?」リィルは尋ねてみる。
「もちろん、王子も今夜は野宿だ。当然だろう」
「えーヤダヤダーー! ボクベッドで寝たいよーー!」
「……サラ王女に嫌われても良いのか?」
「う……わかったよぉ」

 *

 身も心も疲れ果てていたらしいキリアは、ベッドに潜り込んだ途端、すぐに寝息を立て始めた。
 サラは眠らずに、暗闇の中、じっと天井を見つめていた。
 今夜は一晩かけて、ゆっくりと考えたかったのだ。
 まさか、この場でこんな風に決断を迫られることになろうとは、思ってもみなかったから……



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