急 転 ( 2 )


 次の日の朝、薄明るくなり始めた小屋の中でキリアは目を覚ました。体を起こして大きく伸びをしていると、こちらを見つめているサラと目が合った。
「あ……サラ」
「おはようキリア。ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」
 サラは既に身なりを整えて、荷物をまとめ始めているところだった。
「おはようサラ。随分早起きねー。ううん、全然起こしてないわよ。昨日早く寝ちゃったからすっきりと目が覚めてね」
 それを聞いてサラが微笑んだ。その微笑を見て、キリアは心の底から安堵していた。
(良かった……サラが無事で。サラが目の前で連れ去られちゃったときはどうしようかと思ったけど。最悪の事態にならなくて、本当に良かった)
「サラ……」
 キリアはサラに言わずにはいられなかった。
「本っ当にごめん! うちの王子と伯父がサラをあんな目に遭わせちゃって……。もう、何て言って謝ったら良いか」
「そんな、キリアが謝ることないわ」サラは慌てて首を振った。
「それに、王子もキリアの伯父さまも、本当に悪い人ではなかったもの」
「でも、あいつらがやらかしたことは立派な犯罪よ」とキリアは言う。
「これ表沙汰になったら……、ピアンとキグリスの国交悪化するわよね。頭痛いなあ……」
「大丈夫よ。あたしはピアンには報告しないわ」
「え。それで……良いの?」
「ええ」サラはきっぱりと言った。
「ピアンとキグリスの国交悪化なんて、誰も望んでいないもの。あたしが黙っていれば済むことなら、あたしはそうするわ」
「そう……なんか、悪いわね……」キリアは苦笑した。
「それにしても、王子ったら、会ったこともなかった異国の王女にあんなに入れこんでいたなんて。フフッ、モテる王女はツラいわね」
「…………」
 それを聞いて、サラは黙ったままうつむいてしまった。
「サラ……?」
「あたし……」サラは小さく呟く。
「……あたし……王子もてっきり、あたしと同じように、困惑してると思ってたから……」
「サラ……」
「だから、あたし、どうしたら良いかって、一晩中考えてたの……」
「……そうかあ。そうね……」
 確かに、キグリスの王子がこんなに「政略結婚」に乗り気だったなんてキリアにとっても少々意外だった。まあ、確かにサラは可愛いし、自分が男だったらサラと結婚するのは悪くないと思うけれど。
「……でもね、」とサラは言う。
「やっぱり、あたしがキグリス首都に行こうって決めたのは、自分の意見を王と王子に伝えたかったからなのよ。説得には時間がかかるかもしれない。すぐには受け入れてもらえないかもしれない。それでも……何もせずに諦めるなんて、したくないの……」
「サラ……」
 サラは強いな、とキリアは思った。こんな王女がいるなんてピアン国民は幸せだなと思った。……それに比べて、うちの王子ときたら……。キリアはため息をつきたくなる。
 そのときだった。
「サラ!」
 突然、何の前触れもなく小屋の扉が開け放たれた。小屋の中に飛び込んできたのはバートだった。キリアとサラははっと顔を上げた。バートの顔ははっきりと青ざめていた。何か思いつめたような表情。軽く息を切らせて、肩を上下させている。
「バートっ……?」
 ……これはただごとではない、とキリアは直感した。バートが真剣なまなざしでサラを見つめている。サラも黙ってバートを見つめ返す。
「何かあったの?」
 キリアは平静を努めつつバートに尋ねた。
 バートは右手をサラに差し出した。バートの右手にはくしゃくしゃになった紙切れが握り締められていた。サラは黙ってそれを受け取った。
「……とりあえず、読め」とバートは言った。
「第一報がキグリスに入って……、ここの王子宛てに速達の伝書鳥が運んできたんだ」

 *

 その速達便には、サラの想像を絶する事態について、書かれていた……

 ピアン首都、陥落――
 サウスポートからの「異形の者たち」は、信じられない程の大兵団となって、首都に押し寄せてきたという……
 王妃らを逃がし、ピアン王も、兵の先頭に立って戦った。
 しかし、「異形の者たち」の勢いは凄まじく、王宮は占拠され、王も重傷を負い、ピアン軍は北のリンツに逃れることとなる……

(第1部・完)



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