昼をだいぶ回り、太陽がだいぶ高度を下げた頃。
「あれが、もしかして」
リィルはバートとキリアに声をかけた。
「そうね……、取引場所に指定された『道の駅』ね」
とキリアが言う。
「じゃあ、あそこにサラが……!」
バートはすぐにでも小屋に特攻をしかけたい気持ちになったが、
「今は堪えてね、バート」
そんな気持ちを察してか、キリアが落ち着いた声で言った。
「サラはピアン王女――大事な取引の材料なんだから、何もされないはずよ」
私だったらどうされてたかわかんないけどね――と、キリアはそっと思った。今回は無事に返してもらえたものの、普通、王女と間違えて連れてきてしまった女性を、本物の悪党だったら何もせずに手放したりするのだろうか……。今回の「悪党」たちがキリアの知り合い(と、キリアは推測していた)でなかったとしたら……キリアは最悪、その場で始末されていてもおかしくはなかったのだ。そう考えて、キリアはちょっとぞっとしてしまった。
キリアは道の駅の小屋を横目で眺めながら、そのままそこを通り過ぎてキグリス首都を目指す、つもりだった。しかし、キリアは「あれ?」と呟いて、
「どうしたんだ、キリア?」バートが尋ねてくる。
「あのヴェクタ……」
小屋から少し離れたところに立っている大きな木。その根元に、派手な飾りつけのされた立派なヴェクタが繋がれているのが目に留まったのだ。あれは確か、キグリス王族しか乗ることを許されない……
キリアたちがその
「ちょっとなんで……」
キリアは我が目を疑いつつ、呆然と呟いた。
「なんでこんなところにいるの……? ロレーヌ王子……」
*
「よし!」
と気合を入れて、ヴェクタの上から地面に下り立った。
晴れ渡った午後。悪者によって捕らわれ、監禁される姫。そこに颯爽と現れ、悪者の魔の手から姫君を救い出す、異国の王子。
「このウェディング・リングを手渡す絶好のシチュエーションだね」
王子は胸ポケットから、小さな宝石のついた指輪を取り出して太陽にかざした。その宝石は陽の光を受けて、虹色の輝きを放った。
王子は満足そうに微笑むと、指輪を胸のポケットにしまい、足取りも軽く、ピアンの王女と「悪者」の待つ小屋へ向かって歩いていた。
「……っと、突入前に」
王子は立ち止まり、腰に差した剣を抜き放つ。その剣を天高く掲げ、
「もう一度だけ、リハーサルしとこっかな」
小屋の中にいる姫に聞こえないように、口だけ動かして名乗りを上げる真似をする。
(やあやあ我こそは、キグリス王国第一王子、ロレーヌ=ド=ラ=キグリス……!)
「何やってんですか、王子……」
「うわあっ」
突然背後から声をかけられて、ロレーヌはびくうっとなって振り返った。
*
「み、み、見たなーーーっ!」
「あ、え、えっと、いきなりすみません……」
王子に声をかけた途端、真っ赤になってわめかれて、キリアは慌てて頭を下げた。
「だ、だいたいなんだ、君たち!
「あ、ゴメンなさいっ」
キリアは急いで、ヴェクタから飛び降りた。
「ちょっとびっくりしちゃって……。まさか王子がこんなところにいるなんて」
「それにいきなり剣を抜くものですから。何事かと思っちゃいました」
リィルもヴェクタから飛び降りながら、王子に頭を下げた。
「ええと、初めまして。リィルといいます。ピアンのサウスポート出身です。――あ、『でした』かな。今サウスポート無くなっちゃいましたし」
「……別にそこまで言う必要ねーだろ」
「ほらっバートも降りて挨拶しろよ」
リィルはバートを振り返った。
「そうよ、この方、一応王子様なんだから」
「キリア、一応って……」
バートは面倒くさそうにヴェクタから降り立った。
「あー、俺はバートってんだけど、」
「ピアンの将軍の息子さんなの。よろしくね」キリアが続ける。
「……で、王子」
キリアは王子をじっと見つめて言った。
「ここからが本題なんだけど」
「なっ、何さ!」
「今ちょっと大変なことになってるの。ええと……、言っちゃって良いわよね。ピアン王女サラのことは知ってる?」
「え、え? さ、サラちゃんのこと? さ、さあ……」
「……は?」
「じゃなくて、ええと、僕のお嫁さんになるコのこと?」
「……ええと」キリアは言葉に詰まった。
「そ、それ以外のことは何も、知らないよ!」
「……怪しい」
リィルがボソリと呟く。
「ああ」
バートも大きくうなずく。
「……何か知ってるわね?」
キリアは王子を見つめる。三人に詰め寄られ、王子は困惑したように後ずさった。
「王子……?」
「う、う、うるさいーー!」
何故か大パニック状態の王子は、キリアたちにくるりと背を向けて、
「と、とにかく! サラちゃんを助け出すのは、このボクだーーー!」
大声で叫ぶと、ひとり、小屋に向かって駆け出していってしまった。
「?!?」
残されたキリアたちは、呆然と、その後姿を見送る。
「え? 今なんて?」
「サラを助け出すって……?」
「ちょっと待って! どういうことなの、王子……!」
キリアも王子を追って、駆け出した。
*
小屋の外が微妙に騒がしい……。バンダナの少年が、はっと小屋の扉の方を見やった。
「そろそろ来ました……かね」
「……やり直しだ」
ローブ姿の長髪男は、何故か不機嫌にそう言い捨てた。
「リーダーっ、誰か来たみたいです!」
しゃきっと背筋を伸ばしてバンダナの少年が叫んだ。長髪の男は小屋の扉のほうを見やった。
二人の注意が、サラから小屋の外に向けられた。小屋の外からは、確かに複数の男女が言い合うような声が聞こえてくる。その中には、聞いたことのある声が混じっていた。サラが良く知っている、一緒に旅してきた仲間たちの声。
(みんな……? 来て、くれたの?)
もう、彼らの重荷には、なりたくない。サラは目を閉じて意識を集中させた。
(大地の精霊よ……。あたしに力を貸して!)
「はああっ!」
サラは気合の声と共に、両腕に力を込めた。サラを拘束していたロープがバラバラに千切れて弾け飛んだ。
「なに……っ」
「王女っ……?」
長髪男とバンダナの少年が驚きの声を上げてサラのほうを振り返ったときには、サラは一気に長髪男との距離を詰めていた。右の拳には、未だ大地の精霊の感触が残っている。
手加減は、しない。
「やああっ!」
サラは大地の精霊で破壊力が増した拳を、遠慮なくローブ男の
*
「と、とにかく! サラちゃんを助け出すのは、このボクだーーー!」
大声で叫んで、ひとり、小屋に向かって駆け出すキグリスの王子・ロレーヌ。残されたキリアたちは、呆然とその後姿を見送る。
「ちょっと待って! どういうことなの、王子……!」
はっと我に返ったキリアも、王子を追って駆け出した。
王子は小屋に辿り着き、扉を開けようと手をかけた。――と、そのとき、突然扉が内側から勢い良く開け放たれた。
「え? う、うあ?!」
扉を思いきり顔面で受け、王子は派手なリアクションで仰向けに倒れる。中から出てきたのは、見慣れた、金髪の少女だった。
「みんな! 無事だったのね!」
明るく叫ぶサラは、足元に転がっている王子に、気付いていなかった。