リィルが手綱を握り、三人を乗せた
「う……」
バートは小さく呻くと、ゆっくりと目を開けた。
「気がついた? 大丈夫?」
「キリア……?」
バートはキリアを見て、ゆっくりとあたりを見回した。揺れながら後方に流れていく草原の緑色の景色。
「これって……どういう状況なんだ……?」
そこまで言って、バートははっとしたように身を硬くした。
「……まさか」
「うん。そのまさか……だったり」
キリアが自嘲気味に呟いた。
「サラが……まんまと連れ去られたって、わけだな」
「ごめんっ!」
キリアは両手を合わせて頭を下げた。
「私がついていながら……油断してた。本っ当にごめん! いくら謝ったって……もう遅いけど……」
「ううん、キリアは悪くない」
「俺の所為だ。俺が怪我して、それを治癒してた所為でサラは連れ去られたんだ……」
「それを言うなら俺だろ」バートも言う。
「俺がちゃんと敵の親玉仕留められなかったから……!」
「やめましょ、こんな会話」キリアは言って、リィルを見た。
「リィル、手空いたから運転代わるわよ。ゆっくり休んでてちょうだい」
「……悪いね」
リィルはキリアに手綱を渡し、場所を代わった。
「もう、追いつけない……かな?」
リィルはぽつりと呟いた。リィルはバートの怪我に響かないように気を使いながらもかなりの速度で
「どうしよう……」
キリアは
「やっぱりキグリス首都に向かう――で、良いよね、バート」
「ああ」バートはうなずいた。
「そうね……。サラの安全第一ね」キリアもうなずいた。
「それにしても……あの子、」
キリアは独り言のように呟いた。
「どうして私の名前、知っていたのかしら」
「あの子って?」バートは聞き返す。
「オレンジ色のバンダナしてた少年剣士君」
「キリアの知り合い?」
リィルが尋ねてくる。キリアは首を振った。
「ううん。知らない……と思う、けど、」
そこまで言ったとき、キリアの脳裏にある仮説が浮かび上がった。
「まさか……」キリアは口元に片手を当てて呟く。
「キリア?」
「だから……、私をみんなのところに返してくれたの……?」
「あ……」リィルにも何かがひらめいたようだった。
「キリアに顔が割れると、まずいから……?」
キリアは黙ったまま、リィルとバートを襲った風の精霊使いの姿を思い浮かべていた。漆黒のローブ。遠くからだったので顔は良く見えなかったけれど。あんな強力な風使い、キグリス王国にそう何人もいない……。
「まさか……でも、どうして……?」
キリアはぶつぶつと呟き続ける。
「キリア、もしかして、心当たりでもあるのか?」
バートの問いには答えられなかった。もしキリアの仮説が正しかったとしたら……何故『彼』は、ピアン王女を
(――伯父さま)
*
岩肌にはめ込まれた金属製の古びた扉を開けて、三人は「通路」を進む。バートが扉を開けて、バートを先頭に、サラとキリアが続く。リィルは何故か「外で待ってる」と言って、ついて来なかった。「俺だと多分ダメなんだ」とか何とか言って。
サラはドキドキしながら通路を進んだ。昔から憧れていた「四大精霊の伝説」。伝説によると、二千年前に大陸を救ったのは、大精霊の力を貸し与えられた四人の勇者たちで、四人の間には色々とロマンティックなロマンスなんかもあったりした、らしい。サラは小さい頃から、絵本から小説まで様々なパターンの「四大精霊の伝説」を読み、二千年前の冒険譚に思いを馳せてきた。
そして、その伝説の「大精霊」に、もしかしたらこの通路の奥で会えてしまうかもしれないのである。今まさに、伝説に一歩一歩、近付いているところなのだ。
(そういえば、あたし達も「四人」よね)
改めてサラは思った。サラは春生まれで「土」、バートは「火」。キリアは「風」でリィルは「水」である。
(あたし達、ちょっと『伝説の四人の勇者たち』に似てるんじゃないかしら)
と、サラは思ってみる。
(バートはきっと伝説の炎の勇者様の末裔か何かで……。だから伝説の扉を開けられたのよ)
通路の中はすごい熱気だった。歩いていると汗が噴き出してくる。やがて、最奥の行き止まりにたどり着いた。金属製の古びた扉がはめ込まれている。
バートが手を伸ばして扉を開ける。途端に通路がまぶしい光に照らし出された。扉の向こうは明るかった。
「お目覚めのようだな」
男の声がして、サラははっと我に返った。長い髪をした、見知らぬ男が視界に入った。男はフードを外していた。暗い緑色の長い髪。鋭い眼光。
ここは「通路」ではなかった。どこかの小屋の中のようだった。「道の駅」に似てるなとサラは思った。
(あら……? じゃあ、さっきの伝説の扉とかは……夢?)
なかなかリアルな夢だった。数日前の体験そのままだった。
「せっかく良い夢見てたのに……」
サラは残念そうに呟いた。
「…………。それは悪かったな、ピアン王女」
「貴方は……」
そこまで言って、サラははっと思い出した。血塗れのリィル、倒れたバート、そして、オレンジ色のバンダナの少年。
サラは立ち上がろうとしたが、できなかった。サラの身体はロープで椅子に縛り付けられていた。その椅子は部屋の片隅に立つ柱にしっかりと固定されていた。
「怯えなくても大丈夫ですよ」
明るい少年の声が聞こえた。そちらを見やると、サラに眠り薬をかがせて気を失わせた張本人が、にこにこと笑みを浮かべてサラを見つめていた。
「僕たちは貴女にこれ以上危害を加えるつもりはありません。ですから、安心してそこで大人しく待っていて下さい。きっと誰かが……僕たちの要求している『英知の指輪』を持って、助けに来てくれますから」
「バート……」
サラは呟いた。
「リィルちゃん……キリア……」
「王女のお仲間さんたちの名前ですか?」
少年が尋ねてくる。サラはうなずいた。
「彼らにはちょっと痛い目に遭わせてしまいましたけれど、心配しなくても大丈夫ですよ。あの場に残ってたお姉さん――キリアさんは、精霊治癒が使えるんでしょう?」
「……おい、」
長髪の男が少年を軽く小突いた。余計なことは喋るな、と呟いて、きっ、と少年を睨む。
「……っと。こわいこわい……」
少年は呟いて、自らの口にチャックをする仕草をした。そして失礼します、と頭を下げ、二、三歩下がった。
サラは唇を噛みしめた。自分はバートたちの枷になってる――。自分の所為で、キリアを危険な目に遭わせたばかりでなく、バートとリィルに怪我を負わせてしまった。全部、自分の所為だ。自分がピアン王女だから……!
(そんなこと考えちゃあダメよ、サラ)
そう言ってふわりと微笑むのは、サラの母だった。サラの母はいつも言っていた。
(ピアンの王女なんて、なりたくてもなれるもんじゃあないのよ。ピアンの王女であることに、誇りを持って。そして、ピアンの王女として、みんなを幸せにすることを考えなさい。あなたの父――カシスはね、その力で、ピアンのみんなのこと、守っているのよ。だから、貴女も、その力で……)
サラは両の拳を握りしめた。そうだった。自分が大地の精霊を使いこなせるようになったのは。ピアン王直伝の体術を身につけることができたのは。
サラは自分を椅子に縛り付けているロープを確認した。ロープはピアン王女に多少遠慮している所為か、そんなにきつくはなかった。
(このくらいなら――切れるわ)
サラはそう確信した。