旅 の 途 中 ・ 再 会 ( 1 )


 リネッタは山のふもとの小さな村で兄と一緒に暮らしている。「ギール」という名のこの村はピラキア山脈の北側の麓にあり、キグリス王国最南の村である。ピラキア山脈を越えて南側は、キグリスではなくピアン王国領になっている。
 リネッタは十八歳で、いつもは「ワールドアカデミー」の寮で生活している。ワールドアカデミーはキグリスのとある山中にある教育機関だが、国籍に関係なく入学することができ、そこでは様々な教育を受けることができる。リネッタは今は春期休暇ということで、兄の暮らすこの村に帰ってきていた。
 久しぶりの村でののんびりとした生活に馴染んできたある晩のこと。リネッタは思いもかけない懐かしい人物と再会することになった。ワールドアカデミーの古い友人、キリアという名の少女である。
 キリアは旅の途中でこの村を通りかかり、リネッタの兄の家があることを思い出して訪ねてきたのだった。キリアもまさかリネッタがここに来ているとは思っていなかったらしい。二人は偶然の再会を喜び合い、思い出話に花を咲かせた。

 *

 キリアはリネッタの同級生だったが、十歳のときにワールドアカデミーを自主退学し、「大賢者の塔」というところに引き取られていってしまった。彼女の身内曰く、「ワールドアカデミーはキリアには合わない」ということらしい。リネッタにとってキリアは無二の親友だったから、キリアがいなくなってしまったときの寂しさといったらなかった。
 「大賢者の塔」は、キリアの祖父、キルディアスが暮らす塔である。キルディアスはキグリスの大賢者と呼ばれており、キリアはその孫で、跡継ぎである。キルディアスの娘、すなわちキリアの母はキリアが小さい頃に亡くなった、と聞いた。キリアの父はキグリス王宮に仕えている宮廷剣士で、リネッタの父の同期である。ついでにリネッタのもう一人の兄は、大賢者の塔でキルディアスに仕えていたりする。
 というわけで、リネッタの一族とキリアの一族はけっこうあちこちで繋がりがあったりするのだが、リネッタはここ数年の間、キリアにはほとんど会えていなかった。塔では一般の者が塔の内部の者に会うことはできず、キリアはほとんど塔の外に出してもらえない、はずなのだ。それが、聞いてみると、キリアは塔を出てずいぶん長い旅をしている途中なのだという。
「ええと、塔を出て、国境越えてピアンの首都に行って、リンツに寄って、またピラキア山脈越えてここに来て、これからキグリスの首都に行くところなの」
「良く塔出してもらえたね。そんなに長い間」
「最初は『任務』だったのよ」とキリアは言う。
「おじいちゃんとキグリス王に頼まれて、『ピアンの王女を連れて来い』って。でも途中で事情が変わっちゃってね」
「事情が?」
「ピアンの王女と、キグリス(うち)の王子の話は知ってるんでしょ?」
「うん。ワールドアカデミーで、噂で」リネッタはうなずいた。
 ピアンとキグリスは昔から仲が悪かった。しかし、サウスポート襲撃事件をきっかけに、停戦同盟を結ぼうという話が持ち上がったのだ。そして、そのために、ピアン王女とキグリス王子を結婚させる――。
「だから私がピアンに王女を迎えに行ったのよ」とキリア。
「で、おじいちゃんが王女に会いたがってて、まずは塔に連れてこいって言うの。それからおじいちゃんが直々にキグリス首都へお連れするって」
「あれ? でもキリア、塔には当分行かないって」
「そうなの。事情が変わっちゃったのよ」
「キグリス首都には行くんだよね?」リネッタは首を傾げる。
「そこなのよね……」キリアは苦笑した。

 *

 キリアは今は四人で旅をしていると言った。キリアと、同年代くらいの少年が二人と、ちょっと年下の少女が一人。美しい金色の長い髪に、青い瞳の可愛らしい少女――ピアン王国王女サラ。会うのは初めてだった。王家マニアの兄サイナスは実物のピアン王女を目の前にして失礼なくらい大はしゃぎだった。
「ピアン」については、キグリス人は実はあまり良い印象を持っていない。国境に位置するこの村だって、過去に何度かピアン軍の侵略を受けたことがある。しかし、今はピアンとお互い仲良くやっていこうという風潮があり、……いやそんな理屈などどうでも良く、リネッタはこの金髪の少女に対してどうしても悪い印象を持つことができなかった。自分より年下の少女が国家のために国境を越えて頑張っている姿を見ると、素直に応援したくなってしまうのだ。キリアも多分、同じ気持ちなのだろう。
「サラがキグリスとの同盟はともかく、政略結婚に乗り気じゃなくてね。というかはっきりと拒んじゃってるの、政略結婚は」
「まあねえ……。政略結婚だもんねえ……」リネッタはうなずく。
「確かにわたしだったら嫌だな。政治の道具にされて本当に好きな人と結婚できないってのは……。あれ、じゃあ姫様は何しにキグリス首都に行くわけ?」
「キグリスと同盟結びに行くのよ、ピアンの使者として」
「政略結婚は無しでって?」
「最初はサラ、政略結婚が嫌でピアン王宮飛び出しちゃってたのよ、あ、ここだけの話ね」
 キリアは声をひそめた。
「それを追いかけて、王女を捕まえて、それから色々あってね……サラ、前向きに頑張るって言うの。ピアンの王族として、キグリス王に直接、自分の意見をぶつけたいって」
「そうなんだ。で……ピアン王や幹部もそういう考え、ってことでオッケーなわけ?」
「さあ……」
「さあ、って」
「実は今回のキグリス首都行き、完全にサラの独断なのよね」
 キリアはため息をついた。
「さっき、この村からピアン王に伝書は出してきたけど、未だ王のお許しは出てない状態なのよ」
「それって……まずくない?」
「まずいかも」キリアは笑った。
「でもね。私はサラが間違ってることしてるとは思わない。どっちかというと限りなく正しいことしてるんじゃないかって思うの。だから、私はサラにとことんまで付き合うつもり」
「そっかあ……」
 リネッタはうなずいた。そういうキリアとサラの関係は素敵だと思った。
「うん、わかった」リネッタは声を弾ませた。
「上手くいくと良いね。頑張って! 私も応援するから」

 *

「で、リネッタ聞いて。この旅最大のネタを」
 キリアがちょっと楽しそうに言ってきた。
「ネタ?」
「……あ。ネタなんて言っちゃあいけないのかな。でも凄いのよ。伝説の大精霊”ホノオ”を……見てきちゃったのよ、私たち」
「……えええ?」リネッタは声を上げた。
「本物の?」
「う。改めて本物かと聞かれると……」
 キリアはちょっと困ったように言った。
「リネッタ、ピラキア山脈に『開かずの扉』ってのがあるの知ってるでしょ」
「奥に大精霊”ホノオ”が眠っているって伝説の……」
「そう」キリアはうなずいた。
「まあ、今まで誰も真偽を確かめられなかったわけだけど……扉が開けられなくて。でもその扉が開いたのよ」
「へええ。それって凄い」
「正確には、バートが開けたの。他の三人が開けようとしてもだめだったんだけど、バートが開けようとすると開くのよ。不思議なことに」
「バートっていうと、どっち?」
「黒髪の、背の高いほう」
「彼って何者なの?」リネッタは尋ねてみた。
「まだちゃんと話してなかったっけ。ピアン王に仕える将軍の息子で、サラの幼なじみ」
「……なーるほど」リネッタはぴんときた。
「それだけ?」
「……鋭いわねリネッタ。でもごめん、私の口からはちょっと言えないの」
 キリアはすまなさそうに言った。
「ああ見えて実は色々あったりするのよ、バートって……」
「あ。そうなんだ……」
 そういう意味じゃなかったんだけど、と思いつつ、気を取り直してリネッタは続けた。
「で、中には伝説の大精霊”ホノオ”がいたんだ」
「……たぶん、ね」
「どんなのだったの?」
「うーん……」キリアは何故か口ごもった。
「何て言ったら良いか……。想像してたのとだいぶ違ったわね。ほんとにあれが『大精霊”ホノオ”』だったのかしら……」

 *

「キリア……。ずいぶん楽しい旅、してきたんだね」
 リネッタは言った。
「聞いてる私もすっごく楽しかったし、キリアもホント楽しそうに語るんだもん」
「え。そうだった?」
「一緒に旅してる仲間が楽しいんだよね、きっと」
「そうなの……かな」
 キリアは少し照れたように微笑んだ。
 キリアはワールドアカデミーを出た後、長い間塔に閉じ込められて、ずっと不自由な生活を送っていた。そんな話をリネッタは大賢者に仕える兄から聞いていた。でも久しぶりに会ったキリアは、楽しそうに旅のこと、仲間のことを語ってくれた。リネッタにはそれが嬉しかった。
 ……今まで苦労してきた分、このままずっと、キリアにとって楽しい旅が続きますように――。
 リネッタはそう願わずにはいられなかった。



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