旅 の 途 中 ・ 再 会 ( 2 )


 次の日の朝、サイナスとリネッタとの六人での朝食の席で、急ぎの旅でないのならもう一泊していかないかと提案された。
「ちょうど今夜、河川敷で、年に数回しかやらないギール名物・春の花火大会があるんだよ」
 とリネッタが言った。
「河川敷?」
 キリアは聞き返した。川ってどこを流れていたっけ、と頭の中でギールの地図を描いてみる。
乗用陸鳥ヴェクタで行くには近すぎるんだけど、歩いていくには遠すぎるんだよな」
 リネッタの兄サイナスが腕組みして言った。
乗用陸鳥ヴェクタで行くのに近すぎってことはないでしょ」
 リネッタが兄に言い返す。
「でも、乗用陸鳥ヴェクタじゃあ芸ないと思ってさ」
「芸なんてどうでも良いよ。まさか歩いて行こうなんて言い出さないよね?」
「そりゃ流石にな。だから、人力二輪車バイサイクルで行こうと思って」
 朝食を食べ終わって、六人はぞろぞろと庭に出た。サイナスが建物の裏からカラカラと二輪車バイサイクルを押して運んでくる。さらに二往復して、庭には三台の二輪車が並んだ。
「足りないじゃん」リネッタが呆れて言う。
「大丈夫、ほら、後ろに荷台がついてるから」とサイナス。
「男がいで、女の子は後ろ」
「げっ」
 あからさまにバートが嫌そうな顔をした。リィルはやっぱり、と呟いて苦笑する。
 リネッタいわく、「花火大会会場の屋台はけっこう混むから」ということで、夕方、キリアとリネッタとサラで夜食の買い出しに出かけた。肉体労働を引き受けてくれる男三人にせめて美味いものをおごってやろうというのだった。三人でハンバーグサンド六人分とから揚げを大量に買い込んだ。
 家に戻ると、バートとリィルとサイナスがそれぞれの二輪車の前籠に点燈虫てんとうむしを取り付けているところだった。点燈虫てんとうむしは人のこぶしくらいの大きさで、暗闇で白く光る。
「お。良い匂い」
 から揚げの匂いを嗅ぎ付けてバートが近付いてきた。今はダメよ、花火見ながら食べるんだから、とキリアは言ったが、サラもリネッタも良いじゃんひとつくらい、揚げたてが一番美味しいんだから、と言って、結局、出発前に一人一個ずつつまむことになった。揚げたてのから揚げは、噛むと外の衣がかりっと音を立て、口の中に肉の味がいっぱいに広がった。
 キリアはいつものキュロット・スカートからジーンズにはき替えた。日が落ちる前に家を出る。サイナスが緑、バートが赤、リィルが青の二輪車にまたがる。
「大丈夫?」
 リィルの後ろの荷台にまたがるとき、キリアは思わず聞いてしまった。本当は「貧乏くじ引いちゃったわね」と言いたかった。リネッタ、サラ、自分のうち、一番重いのはどう考えても自分だった。そしてリィルはどちらかというと小柄なほうだった。まあ、あみだくじの結果だから今更どうにもならないし、敢えてしようとも思わないのだが。
「多分ね」
 リィルは前を見たまま明るく答えた。言葉の内容とは裏腹に自信満々な様子だった。
「じゃ、しっかりつかまってろよ」
 どこに?と一瞬思ったが、少し考えて、両手で荷台の金属を握ることにした。
 リネッタを乗せたサイナス、サラを乗せたバートが次々に漕ぎ出した。キリアの二輪車も動き出す。身体が後ろに持っていかれそうになるのを慌てて腕に力を込めて戻した。リィルはキリアなど乗っていないかのようにぐんぐんスピードを上げる。最初はちょっと恐かったが、すぐに慣れた。その安定した走りぶりに、やっぱり男の子は力あるんだなあと感心した。
 前方にかなり急な上り坂が見えたときは、リィルに言って下ろしてもらった。乗せてもらったお礼とばかり二輪車の荷台を押して走って坂を上る。上りきったらまた乗せてもらう。リィルは「このくらいの坂大丈夫なのに」と言うのだが。ちなみにバートはその坂をサラを乗せたまま軽々と上っていった。
 夕陽の沈む道を三台の二輪車が進む。空の低いところはオレンジ色、高くなるにつれ薄暗青色になり、そのグラデーションが美しい。やがて、闇は徐々に濃さを増し、景色の明度が落ちていった。そしてあるとき点燈虫てんとうむしがぽっと灯りをともした。
 すっかり陽が落ちて真っ暗な中、小川にかかった小さな橋を渡った。少し進んだところで、突然サイナスが二輪車を止めた。続けてバートとリィルも止める。
「悪いけど、時間切れだ」
 そう言ってサイナスは二輪車をUターンさせた。バートとリィルも続く。サイナスは橋の中央まで渡って二輪車を降り、リネッタにも「降りろ」と指示した。キリアも降りた。
「そろそろ最初の一発が上がる頃なんだ」
 橋の欄干に片手を置いてサイナスが暗い空を指して言う。バートもリィルもキリアもサラもリネッタも、サイナスが指す方向を見つめ、そのときを待った。
 まもなく遠くの夜空に音もなく赤い光の花がひらいた。
「「あっ」」
 何人かの声が重なる。遅れてどん、という爆発音。サイナスが指していた方向とかなりずれていた。
「兄貴ぃーー」リネッタが非難の声を上げた。

 *

 花火が次々に打ち上がる方向を目指して三台の二輪車が駆ける。そして六人は河川敷に辿り着いた。二輪車を止めて土手に上り、草むらに座り込んで花火を見上げる。こんなに間近で見るのは初めてだった。暗い夜空の視界一面に光の花が次々とひらく。続いて、パパパパンという心地良い連続音。少し夜空が落ち着いた後、大きな一発が上がる。キリアは思わず身をかたくする。遅れてドン、と心臓を叩かれるような凄い音。すっかり圧倒されてしまって、口からこぼれたのは「はあ」という無声音だった。
 花火大会というものは歓声を上げながらにぎやかに見るものだと思っていた。でも、実際はちょっと違っていた。冷めている、というわけではない。みんな静かに熱心に見ている。そして時おり「おお」という呟くような声が発せられる。
 ふと、来る前に買い込んでおいたハンバーグサンドのことを思った。でも何故かおなかいっぱいで、取り出して食べようという気にはなれなかった。それでも一応隣に座っているバートに「食べる?」と聞いてみた。案の定「今はいーや」という答えが返ってきた。
 そしてまた大きな一発が上がった。暗い空の高いところで火薬が爆発する。爆発音が身体を揺さぶる。正直なところ、少し恐怖も感じている。みんなで並んで座っていなかったら、自分ひとりだけだったら、その場から逃げ出してしまっていたかもしれない。大きな花火が上がるたびに、強敵と対峙し命のやり取りをするときのような緊張感を感じる。こんなことを考えているのは自分だけだろうか。皆の横顔をうかがうと、皆楽しそうに熱心に夜空を見上げている。
 そして、全ての花火が打ち上がり終わり、また二輪車で帰路につくことになった。キリアは早足で二輪車のところまで歩いていって、青い二輪車にまたがった。
「あのー?」
 遅れて辿り着いたリィルが怪訝そうに声をかけてくる。
「帰りは私が漕いであげる。さ、後ろ乗って乗って」
 リィルは数秒間固まった後、思い切り反論してきたがキリアはサドルに腰掛けたまま動くつもりはなかった。リィルは諦めたのかため息をひとつつくと、バートとサラのところに歩いて行って何やら話していた。しばらくして話がまとまったらしく、サラがこちらに歩いてきた。そして遠慮がちにキリアの後ろにまたがった。
「大丈夫? あたし重いわよ」
 キリアの背中でサラが言う。
「何言ってんの。サラが重いってんなら私はどうなるのよ」
 キリアは思わず言い返した。
「それにキリア、誰か乗せて漕いだことあるの?」
「二輪車くらい漕いだことあるわよ。……けっこう昔だけど」
「…………」
 サラを後ろに乗せてキリアはペダルを踏んで漕ぎ出した。人ひとり乗せているので、漕ぐのに意外と力が要る。ふらふらのろのろ進むキリアの二輪車の横を、バートの二輪車が遠慮なくあっさり追い越していった。通りすがりに「お先にー」と、荷台の上からリィルが笑顔で手を振っていた。
「キリア、やっぱり代わるわよ」
 後ろからサラが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫だって。だんだん慣れるから」
 踏みしめるペダルは重かったが、不思議と心は満たされていた。後ろのサラと色々なお喋りをして、二人で声を上げて笑った。そうやって二人で点燈虫が照らす闇の中を進んだ。
 途中でサラと漕ぐのを交代した。サラは可愛らしい外見の割に格闘術をやっていたりして力はある。サラに代わってから、青い二輪車はスイスイと進んだ。

 *

 翌朝。ギールのサイナス宅に二泊したバートたち四人は、いよいよキグリス首都に向けて旅立つことになった。乗用陸鳥ヴェクタに分かれて乗っても仕方がないので、四人乗りの大型ヴェクタに乗り換えて首都を目指すことにした。
「これ、餞別な」
 と言って、サイナスは葡萄酒の瓶をキリアに手渡した。
「ありがとうございます、サイナスさん」
「気をつけてね、みんな。また遊びに来てね」
 リネッタが名残惜しそうに言う。
「お前、春休み終わったらアカデミー戻るんだろ」
 サイナスが妹に言と、リネッタはむぅ、と唸った。
「うう。そうなんだよね。でも、できれば、春休み中にもう一回くらい……」
「うんうん」キリアは笑顔でうなずいた。
「塔帰るときとか、近く寄ったら絶対寄るから。リネッタ、会えて嬉しかった」
「わたしも!」リネッタが顔を輝かせた。
「姫様にも、会えて良かった」
 リネッタはサラを見て言った。
「首都までけっこうあるけど、道中、気をつけてね」
「うん。色々ありがとう、リネちゃん」
 サラが笑顔になって言った。
「そうだな、ホント、みんな気をつけろよ」
 サイナスが急に真面目な顔つきになって言った。
「ここは王女にとっては『国外』だからな。バート君、リィル君。サラ王女のこと、しっかり守ってやるんだぞ」
「はい」
 リィルが言い、バートも大きくうなずいた。



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