邂 逅 ( 2 )


 バートとサラは日が沈んでだいぶ経ってからリンツに到着した。さすがに疲れていたし、お腹もすいていたので、すぐに泊まるための宿を探すことにした。リンツには大小さまざまな宿が何軒もあり、ここでは温泉も湧くので温泉付きの宿もある。町の入口の案内所で「リンツ温泉宿マップ」をざっと眺めたサラが、「ここが良いわ」と主張した温泉宿があった。町の入口に乗用陸鳥ヴェクタを停め、バートとサラは歩いてそこへ向かった。
 『隠れ家』という名のその温泉宿は、人通りの少ない町の外れにぽつんと建っていた。木造二階建てで、中に入ると懐かしいような木の香りがした。「おやおや、良く来たねえ」と、奥からのんびり喋る老婆が出てきてにこにこと宿帳を二人の目の前に広げた。
「ね、思ったとおりだわ」サラはバートに微笑んだ。
「良いところでしょう」
「そうだな」
 素直にバートはうなずいた。建物は古いが、とても感じの良い温泉宿だった。
 バートとサラは宿帳に偽名を記帳すると、老婆に二人部屋に案内してもらい、夕食が必要か聞かれた。老婆が夕食を用意している間に、それぞれ温泉に浸かり旅の疲れを癒した。なめらかで良いお湯だった。

 *

 翌朝。鳥の鳴き声に起こされてバートが目覚めると向かいのベッドはからだった。慌てて飛び起きると、机の上の書き置きが目に入った。サラからの伝言で、ここの温泉気に入ったから朝風呂入ってくるわね、といった内容だった。バートはほっと息をついた。
(これでもしサラに何かあったら、何のための護衛だってんだ)
 でも、確かに良い湯だったよな、とバートは昨日浸かった温泉を思い出す。源泉かけ流しの温泉で、湯は常に浴槽から大量にあふれ出ていた。色は茶色で、少々ぬめっていて……そして、翌朝には昨日の旅の疲れがすっかりとれていた。
 コンコン、と扉を叩く音がした。サラが戻ってきたと思って返事をすると、
「大当たりー」
「良かった……! 計算どおりね」
 と言いながら、バートの知り合い二人がずかずかと部屋の中に入ってきた。
「げっ、リィル!」バートは叫んだ。
「それと、お前確か……」
「キリアよ。覚えててくれたのね」
 キリアはバートを見て言った。
「な、何なんだよお前ら……。何で来たんだよ」
「なんでって……」
 リィルは部屋の中を眺め回しながらバートに尋ねた。
「ところで、サラは? 相部屋だよね?」
「サラなら朝風呂行ってるけど……、つーか、なんで俺たちがここに泊まってることがバレたんだ!」
「いやー、だってさあ」リィルは意味ありげに微笑んだ。
「付き合い長いからさ、バートとサラがどの温泉宿を選ぶかってのは、わかっちゃうわけ」
「大当たりだったわね。さっすがリィル」
 と言いながら、キリアはサラが寝ていたベッドに寝転んでいた。
「それにあの宿帳。『ユーリア』と『カシス』って」
「だってサラが俺の母親の名前書くから……!」
 『カシス』というのはサラの父、すなわちピアン国王の名前だった。
「キリア、疲れた?」
 ベッドに寝転んで目を閉じてしまったキリアにリィルが声をかけた。
「当たり前でしょ!」キリアは目を閉じたまま叫んだ。
夜中よるじゅう運転させられてたの、誰だと思ってるの!」
「あはは……ごめん」
「おめーらもしかして、完徹で俺たちのこと追いかけてきたのか?」
 バートは呆れた。
「だって、夜中よるじゅう走らなきゃ追いつけない計算で……」
「完徹したのは私だけよ!」キリアが不機嫌に叫んだ。
「だからごめんって。でも、追いつけて良かった」
「ご苦労だったなー。でも、なんでそこまでして追いかけてきたんだよ」
 とバートが言ったとき、廊下から少女の楽しそうな鼻歌と軽やかな足音が聞こえてきた。バートとリィルははっとして顔を見合わせた。
 そして扉が開けられる。
「たっだいまバー……」
 そこまで言ってバートたちの前に姿を現したサラはその場に固まった。バートと、リィルと、反射的に起き上がっていたキリアを見て。手にしていた手提げ袋が音を立てて床に落ちる。
「サラ王女っ!」キリアは叫ぶ。
「貴女はっ……キグリスの!」サラも叫ぶ。
 サラの反応を見てバートははっとした。
「まさかお前……! お前がサラの命を狙う暗殺者だったとは……!」
「違うわよっ!」

 *

「……つまり、」
 ひと通りキリアとサラの話を聞いたバートの表情はけわしかった。
「……狙われてるってのは。急いで首都を出るための、口実だったんだな、サラ」
「ごめんなさいっ」
 サラはすぐに言った。バートは右手を振り上げたがその手をリィルにつかまれた。
「何もぶつことないだろっ」
「けどっ、こいつ……!」
 バートはサラをにらんだ。
「心配かけさせやがって……みんなにも迷惑かけて……!」
「ごめんなさい」
「お願い、王女を責めないで」
 と言ったのはキリアだった。
「私、気持ちはわかるから……」
「キリア……」
 サラは意外そうにキリアを見た。
「私だったら絶対嫌だもん。政治の道具にされて、見ず知らずの隣国の王子と結婚して一生過ごさなきゃならないなんて」
 キリアは主張した。それを聞いて、サラは目を輝かせてがしっとキリアの両手を握り締めた。
「ふーん、そういうもんなのか?」
「「そうよっ!」」
 バートの何気ない疑問の声に、女性二人が声を揃えた。
「でも、まあ、良かったじゃん」とリィルが言う。
「サラの命が狙われてなくて。実際会って確かめてみるまで、俺たちもそれが気がかりだったからさ」
「そうだな」バートはうなずいた。
「そうとわかれば、さっさと首都に帰るぞ、サラ」
「嫌」サラは即答した。
「おい」
「だって帰ったら……あたし、キグリスの王子と結婚させられちゃうじゃない」
「そんなに嫌ならことわりゃいーじゃん」
「……ことわれないでしょ」
 とサラは言った。
「だから……王宮、抜け出してきたんじゃない……」
「…………」
 サラの表情は真剣だった。バートは言葉に詰まった。
「……お願い、バート」
 サラはバートを見つめて言った。
「もう少し……、もう少し、旅しましょうよ。ね、せっかくここまで来たんだから。首都には……いつでも帰れるんだから」
「サラ……」
「バートだって会いたいでしょ? 大精霊”ホノオ”」
「それは俺は別に」
「あ、私は会いたいな」
 キリアが身を乗り出してきた。
「ピアンに来るときは直行しちゃって、寄り道できなかったのよね。やっぱり今のこのご時世、大精霊の一人や二人、会っておかないとね」
「ありがとう!」サラは顔を輝かせた。
「じゃあ、決まりね」
「おい、何が決まったんだ」
「バート」リィルがバートを突っついた。
「良いじゃん、かたいこと言わずにさ。とりあえず四人で、その大精霊”ホノオ”っての、見に行こうよ」
「お前も乗り気なのかよっ」
 バートはため息をついた。三対一、勝負は決まってしまった。サラは喜び、キリアも何だかうきうきしている。……サラはともかく、キリアの浮かれようは、なんだか不思議だった。



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