(3)
キリアはウェディングドレスを着てみたいと夢見たことはなかった。すごく幼い頃には夢見ていたかもしれないが、覚えていない。むしろ、機会があったらかっこ良い男装をやってみたいと思っていた。ワールドアカデミー時代は、何故自分は女なんだろう、男の子になりたいと思っていた。ぶたれたらすぐに殴り返せるような力と勇気が欲しかった。
キグリス国定公園。キリアとサラは木陰のベンチに腰を下ろしてジュースを飲んでいた。全力疾走したら喉が渇いた。冷たいジュースは渇いた喉を潤してくれる。
キリアは隣に座るサラを見た。サラは花嫁姿は目立つので早々に普段着に着替えていた。どこにでもいる普通の町の女の子の普段着といった格好で、ぱっと見王女には見えない。少し勿体ないな、と思う。
(可愛かったなー。サラのウェディングドレス。あやうく私も理性飛びかけたし。リィルがうろたえてた理由もやっとわかった)
リィルだって男の子なんだし、とキリアは思う。
(それにしてもバートもバカよねー。こんなときに隣にいないなんて……)
……でもまあ良いか、とキリアはすぐに思い直した。バートとサラはいつか「本番」をやってくれるだろうから。お楽しみはそのときまでとっておけば良い。そう思ってキリアはひとりにんまりとした。
「何笑ってるの?」
サラに純粋な瞳で尋ねられて、キリアははっとしてゆるんだ顔を引き締めた。
「いやあ……思い出し笑いというか。サラのウェディングドレス姿、ほんっとにすっごく可愛かったなーと思って」
「本当?! ありがとう!」
サラは素直に喜びの声を上げた。
「キリアの男装も素敵だったわよ」
「えーホント? 嬉しいなー。自信持っちゃおうかなー」
「でもキリアって、男装も良いけどウェディングドレス着ても似合うと思うわ」
「え゛」
キリアは言葉に詰まった。手をぶんぶんと振る。
「そんな私、サラみたいに可愛くないし、絶対に似合わないって」
「何言ってるの、キリア可愛いわよ」
「やめてよー。可愛いなんて言われたことないしー」
言いながらキリアは頬が熱くなっていくのを感じた。
サラはくすっと笑った。
「さあ、もうひと走りしましょうか」
キリアは言って立ち上がった。首都の出口でリィルたちと落ち合い、
「バート、ちゃんと来てくれるかしら」
サラが心配そうに言う。
「大丈夫よ」とキリアは答えた。
「バートだって異国の地で一人で置き去りになんてされたくないでしょ」
そして二人は街外れのヴェクタ乗り場に向けて駆け出す。
キグリス首都郊外で、バートとリィルは
「で、結局キリアがやってんのか、花嫁泥棒役」
バートは面白そうに笑った。
「案外、似合うかもな」
「最初は俺がやれって言われたんだけど、断った」とリィルは言う。
「何でだよ」
「だってバートにどつかれたくなかったから」
「……」
バートは思い切りリィルをどついた。
「でもさー」
殴られた頭を抱えてリィルは言う。
「昨日は俺たちちょっと調子に乗りすぎちゃってたけど……」
リィルは少し真面目な顔になってバートと向き合う。
「本音としてはどーなん?」
「は? 何が?」
「何がって」
「お待たせっ!」
リィルの言葉はキリアの大声にかき消された。やけにハイテンションな女性二人が息を弾ませながら駆け寄ってくる。
「よかった、やっぱり来てくれたのね」
サラが嬉しそうにバートに言った。キリアがでしょ?、と言ってサラに微笑む。
「俺だけここに残ったって仕方ねーだろ」
「二人とも早く乗って」
リィルが言い、キリアとサラは急いでヴェクタに乗り込んだ。四人を乗せて、ヴェクタは風を切って走り出す。
「あーあ。やっぱりサラ、ドレス脱いじゃったんだ。俺も見たかったのにー」
サラを見て、リィルは残念そうな声を上げた。
「バートも見たかったよな?」
「俺にフるなよ」
「勿体なかったわねー。すっごく可愛かったわよー」
キリアがちょっと意地悪に言う。
「うー。まあいいや。次の機会に見るから、ウェディングドレス」
「どっちの?」
自分とキリアを交互に指さして、サラが大真面目に尋ねる。
「ははは。どっちが早いかなー」
「ぜ、絶対サラよサラ! っていうか私、ドレスに興味ないし……。結婚にも」
「あたしも当分着ないと思うわ。ウェディングドレス」
「「えー!」」
キリアとリィルは声を揃えた。サラは微笑んで続ける。
「だってこのままで十分楽しいし、幸せだもの」
「まあ、そうだよな」
バートはぽつりと呟いた。リィルはうなずき、キリアは大きく伸びをして空を見上げた。
「そうね。先のことなんて、まだ、いいか」
青い空はどこまでも高く広い。目の前に広がるのは、見渡す限りの緑の海。
四人は今ピアン王国で起こっていることを知らない。
こうして、花嫁泥棒一味と花嫁の逃亡生活が幕を開ける。