F I L L


 肩より少し長いストレートの髪。気の強そうな大きな瞳。身にまとう雰囲気には、ほんの少しの脆さと危うさ。勝気だがどこか一歩退いている。
 想像していたとおりの子でびっくりした。しばらく目が離せなかった。
 「キリア」という名の女の子については弟のリィルから聞いていた。ガルディアによって軟禁されている間、リィルはバート君とサラ王女とキグリスの女の子と一緒に大陸各地を旅していたという。俺たちが捕まってるってのに何をのん気な、と思ったが、リィルの旅の目的は自分たちを探し出すことだったらしい。結局見当外れなことをしていたわけだが。
 それにしても一緒に旅していたというメンバーがすごい。バート君はまあわかるが、ピアンの王女と、ついこの間まで敵国だったキグリスの女の子だ。しかも彼女はキグリス、いや大陸随一の知識人と名高い、あの大賢者キルディアスのお孫さんだというではないか。
「どんな子なんだ?」と聞いてみると、弟は難しい顔をしてうーんと考え込んだ後、一言ぽつりと呟いた。
「案外、兄貴の好みなんじゃないかなあ」
「……お前、俺の好みを正確に把握してんのか?」
 と言ってみたものの、実際会ってみたらまさしくそうだったわけだから、いつの間に弟に自分の「好み」がバレていたのだろう。もしかしたら自分はすごくわかりやすいのかもしれない。それとも弟がさとすぎるだけか。
 その後、みんなで何とか敵の本拠地を脱出し、リンツの町でサラ王女と再会した。そしてキリアちゃんに初めて出会った。
 ……初対面だというのに、何だろう、この気持ち。一人で抱え込むには持て余しすぎる気持ち……。
 兄のくせに情けないなーと思いながらリィルに相談してみた。
「やっぱりそうなんだ」
 リィルはなんだか申し訳なさそうに呟いた。
「俺……どうしたら良いかな……」
「どうでも……。兄貴の好きにしたら良いよ。陰からこっそり想ってたって良いし。キリアに言ってみたって良いし」
「じゃあ、もしキリアちゃんに言ってみたとして……望み、あると思うか」
「難しいと思うよ。キリアだもんなー」
「それでも言っておく価値ってのは、あるかな」
「それは、まあ、あると思う」
「よし」
 それで決心がついた。でも、とリィルが何か言いかけたが、俺は聞かなかったことにした。
 明日か明後日にはキリアちゃんが旅立ってしまうという日の夜、俺は勇気をふりしぼってキリアちゃんを「夜の散歩」に誘った。……後になって思うと、本当にわかり易すぎだと思う。
 二人で真っ暗な夜の街を歩く。暗闇に二人分の足音だけが響く。なんとかキリアちゃんを夜の散歩に誘い出すことには成功した。しかし、その先の行動には、さらに何倍もの勇気が要ることに気が付いた。
 歩きながら、このまま何も言わずに本当に散歩だけして宿に帰ってしまおうかと思った。これはこれで、俺らしいし笑える良い思い出になるではないか。
 でも、と思い直した。ここで言わなかったら。キリアちゃんは賢い子だ。きっと自分が何のために夜の散歩につき合わされているのか、薄々感付いているに違いない。ここで言わなかったら、彼女に嫌な思いをさせてしまう。
 それだけはだめだ。
 俺は夢中で自分の気持ちを言葉にして伝えた。
 それで、キリアちゃんにはもちろんフられた。ちゃんと告白できただけで満足してしまい、後のことは何も考えていなかった。十中八九フられることはわかっていたし、それほどショックは受けないつもりだった。しかし、それでも心のどこかがいくらか傷付いたことが意外だった。
 キリアちゃんは他に誰か好きなヤツがいる、というわけではないらしい。ということは、自分にもまだ望みはあるということだろうか。もし、あるとしたら、それは遠い遠い未来だろうか。
 ――それまでにはもっと強くなっておこう、と俺は決意した。
 部屋に戻ると、リィルとバート君がそれぞれのベッドでうつ伏せになってペンを握りしめていた。それぞれが持つメモ用紙には8×8の升目とたくさんの×印が書き込まれている。
 三人で寝泊りしている部屋なのに、ベッドはどう見ても二つしかない。昨夜は年長者としてここは俺が床で寝るのが筋かなと考えてそうしたのだが、そしたらリィルが明日は代わるよと言ってくれたのだが、やっぱり今夜も床で寝かせてもらおうと思った。それが今の俺には相応しい。
「ぐあー駆逐艦がやられたー」
 と叫んでバート君がペンとメモ用紙を放り出した。
「やっぱ弱いなあ、バートって」
 リィルが勝ち誇ったように笑う。
「うっせー! 本番強けりゃいーんだっ!」
「でも、本番で負けたじゃん」
「それはお前もだろ」
「あ。お帰り、兄貴」
 こちらに気付いて、リィルが声をかけてきた。
「三人になったね。じゃあ三麻サンマでもやろっか?」
「フィル兄、弟にどういう教育してんだっ」
 バート君が呆れたように言ってくる。俺はバート君とリィルを交互に見て笑った。
「で」
 リィルが寝っ転がったままこちらを見上げて尋ねてきた。
「どうだった?」
「お前の思っている通り」
 と、俺は答える。
「やっぱり」
 リィルはあっさりと言ってため息をついた。
「……だから言ったろ」
「良いんだ。ダメ元だったし」
「って言いつつ兄貴は引きずるからさー」
「? 何の話してんだ?」
 バート君が首を傾げた。さっきの人生で最大の勇気を思えば、さっき自分がしでかしたことをバート君に言ってしまうことくらい何てことなかった。俺の告白を聞いて、バート君は力いっぱい驚いていた。
「うわ。勇気あるなあフィル兄。キリアに殴られなかったか?」
「バート、キリアに対するその認識、間違ってはないけど正確じゃないよ」
 リィルが苦笑した。
「でも、諦めないからな」と俺は言う。
「キリアちゃんが帰ってきたら、もう一度言ってみるつもりだから。だから……」
 本当は俺も旅に同行したかった。しかし、旅に同行できるとわかっていたなら、今夜こんな思い切った行動は取れなかっただろう。今の俺は、キリアちゃんとは少し距離を置きたい。いずれ再会するときのために、頭を冷やして気持ちを温めておきたい。
「だから、キリアちゃんのことは頼んだぞ、リィル、バート君。あんま危険な目に遭わすなよ」
「りょーかい」
 と、リィルが答えた。
「キリアもサラも、俺たちが命に代えても守るから。な、バート?」
「ん」
 バート君が少し真剣な表情になって軽くうなずいた。



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