F I L L ・ そ の 後 の 話


 奇妙な夢を見た。
 俺の兄貴(フィル)がキリアに一目惚れし、次の日「夜の散歩」に誘って告白したと聞いてバートは力いっぱい驚いていた。「キリアに殴られなかったか?」と聞くバート。「キリアに対するその認識、間違ってはないけど正確じゃないよ」と言ってやる。
「どういう意味だよ?」
 と、バートが聞き返してくる。
「そりゃあ『バートだったら』殴られてただろーなって意味」
「何だよそれ」
「現に兄貴じゃあ殴られなかったじゃん。多分俺が告ったとしても殴られはしないだろうな。でもバートだったら」
「……良くわかんねーけどお前、俺のことバカにしてるだろ」
 何故か突っかかってくるバート。
「え? 別に」
「とにかく。俺だけ殴られてお前は殴られないって、絶対かよ?」
「じゃあ試してみよっか?」
 思わず言ってしまった。「受けて立つぜ」と言うバート。こうなったらバートは後には退かない。俺だって言ってしまった以上、後には退けない。
 あみだくじで先攻後攻を決め、先攻バート、後攻俺ということになった。キリアをうろたえさせたほうが勝ち、負けたほうは勝ったほうの一日奴隷となる。
 その日の公園は良い天気だった。ピクニック日和と言いたくなる。人工池で水鳥がゆったりと泳いでいた。水面下で魚の影がちらちらと動いているのが見える。池に面していくつかの木製のベンチが並べられており、何組かの若い男女が二人仲良く座っている。
 バートは手作り弁当を二個持参してその公園のベンチにキリアを呼び出していた。弁当を見せてもらったのだが、そぼろごはんにアスパラベーコン巻き、ピーマンの肉詰め、かぼちゃサラダとなかなか凝ったものをつくってきている。
 後ろには大きな木が立っており、ベンチに木陰を落としている。俺はその木の陰に隠れてキリアが来るのを待った。
「突然だけど、俺、お前のことが好きなんだ」
 こちらがどきっとするほど真剣な表情でキリアに言うバート。こりゃやばい、と思った。普通の年頃の女の子なら、絶対に心を動かされる。
 しかしキリアは数秒後、無言でバートにパンチを見舞った。いいぞ、良くやったぞキリア。


イラスト (c) 風菜さん(お絵描き掲示板より)

「そんな寝ぼけたこと言ってる暇があったら!」
 と、キリアは叫ぶ。
「アンタはさっさとサラとくっついちゃいなさい!」
 キリアは憤然と肩をいからせて公園を出て行った。バートは「いってえ〜」と殴られた頬を押さえてしゃがみこんでいる。すごい注目を集めていたが本人気付いていないようなので黙っていることにした。俺は木の陰から出て行ってやっぱりな〜、と笑ってやった。半分以上「勝ったな」と思った。二人で仲良く弁当を食って、午後は俺の番だ。
 しかし俺はバート以上に酷い目に遭った。これはきっと「後攻」の所為だ。先攻のほうが有利だったのだ。バートのときと全く同じシチュエーションでチャレンジしてみた俺は、キリアの背後から怒りのオーラが立ち上るのを見た。やばい、と思ったときはもう手遅れで、次の瞬間、至近距離から特大の「風の刃」を喰らって俺は地面に倒れた。
「アンタでしょ! バートに変なこと吹き込んだの! 二人して何なの?! どーせ私をダシにして賭けでもやってたんでしょ! アンタのことはわりと信じてたのに……サイテー! 見損なったわよ!」
 ――確かに今回は全面的に俺が悪かった。キリアさん鋭すぎですとかバートも同程度に共犯だからとか成り行きなんだ仕方ないんだよとか色々言い訳はしたかったが、キリアのあまりの剣幕に俺は黙って大人しく地面に横たわっていることにした。
 あーあ。これで今まで築き上げてきたキリアと俺たちの関係も終わりか。俺がはずみで言ってしまった一言が原因で。だんだん意識が遠のいていく……
 そして宿屋のベッドで寝ている自分に気がついた。部屋の中は既に明るい。静かだったが耳を澄ませば遠くで鳥が鳴いているのが聞こえる。向かいのベッドでバートが眠っている。バートが跳ね飛ばした毛布が床で丸まっている兄貴の顔にかぶさっている。
 冷やっとした。夢だった……んだよな? 昨夜、自分がベッドに入った記憶と、入るまでの記憶を手繰ってみる。兄貴が帰ってきて、三人麻雀サンマやって、最終局でバートが流し満貫を達成して、ハコにされた兄貴がヤケ酒あおって「床で寝る」と主張して……
 うん、やっぱりさっきのは夢だったんだ、と確信した。そりゃそうだよな、あまりに非現実すぎてたもんな、とほっとする。
 でも兄貴がキリアに告白したのは……現実? だとしたら結局、一番の「勝者」は無傷で戻ってきた兄貴なのかもしれない。それはそれで複雑だなあと俺はひっそり苦笑した。
 俺はタオルを持って二人を起こさないように静かに扉を開けて廊下に出た。あんな変な夢を見てしまうなんて不覚だ。冷たい水で頭を冷やさなくては。水道場で顔を洗ってタオルで拭いて振り返ると同じくタオルを持ったキリアが立っていた。
「おはようキリア」
 一瞬どきっとしたが俺は平静を装って普通に朝の挨拶をした。
「おはようリィル」
 キリアもいつもどおりに話しかけてくる。良かったーと思いながらキリアの顔をまじまじと見つめていると、キリアが「ん?」と首を傾げている。俺は「いや別に」とか何とか言って手を振ってその場から立ち去ろうとした。
「あ、リィル」
 背後から声がかかった。何?、と振り返ると、キリアは奇妙な笑顔を浮かべていた。
「こないだのアレだけどね、冷静になって一晩考えてみたんだけど、やっぱり私、許さないことにしたから」
「……は?」
「待たされた時間ってのもあるし。というわけだから、貸しひとつね。この借りはいつか利子付きで返してもらうから覚悟しといてね♪」
「……左様ですか」
 呆然と立ち尽くすしかない俺。キリアは顔を洗い歯も磨き終えると「何突っ立ってんの」と笑いながら廊下を歩き去っていった。――負けるもんか、と俺はそっと拳を握りしめた。


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