奪 わ れ た 王 女 Ver. B


 すっかり悪役ですね伯父さま…。


「リネちゃん! リネちゃん起きて!!」
 揺さぶられて、リネッタは、ハッと目を開けた。
 ウソみたいに明るかった。
「リネちゃん!」
「やっと起きたか、リネッタ」
 サラとバートが両脇から覗き込んでいた。
「姫様……? バート……?」
 硬いゆかに手をついて、体を起こす。
 あたりを見回して、
「?」
 リネッタは、姿の見えない二人の行方を尋ねた。
「キリアとりっさんは……?」

『我々はピアンの姫を預かっている。
 返して欲しくば、取り引きをしようではないか。
 我々の欲するものは、『キグリス王家の指輪』だ。
 その『指輪』と引き換えに、ピアンの姫を返そう。
 (中略)
 こちらの要求が飲めない場合、姫の命はないものと思え。
  ”グリフィス盗賊団”』

「何これ!!」
 リネッタは思わず叫んでいた。
「脅迫状だろ」
 面白くもなさそうに、バートが言う。
「俺が目ぇ覚ましたら、あそこに置いてあった」
「でも、『ピアンの姫を預かった』って……」
「あたしがピアンの姫なのに……」
 サラが小さく呟く。
「どーなってんだよ、一体!」

「ふああ〜、良く寝た……」
 目覚めたリィルは、小屋の外で大きく伸びをしていた。
 ふと気付いて、あれっと思う。
「何で野宿してんだ、俺……」
 十歩と離れていないところには、『道の駅』の小屋の扉が見える。
「まさか夢遊病?! ヤダなあ……」
 何気なく頭に手をやって。触れた後頭部がズキリと痛んだ。
「!!」
 リィルは昨晩のことを思い出した。
 サラに手品をせがまれて。ついつい調子に乗って……
 ――仕切り直すために、みんなにお酒渡して、外へ出たんだっけ。
 そしたら、突然、誰かに後ろから殴られて。
「……みんなは?!」
 思いついた瞬間、体は勝手に動いていた。
 ダッシュで扉まで辿り着き、開けて小屋の中に駆け込む。
「みんな!!」
 バート、サラ、リネッタの三人が、一斉にこっちを見た。
「リィル!」
「リィルちゃん!」
「りっさん!」
 三者三様に叫ばれる。
「リィルちゃんは無事だったのね。よかった……」
「キリアは?」
 リィルの問いに、リネッタがため息をつく。
「まあ、取り敢えずこれ見てよ、これ」

「……つまり」
 読み終わって、リィルは、諦め半分で呟いた。
「キリアは、サラと間違えられて、連れ去られた、と……?」
「……あたしがこんな格好してたからだわ……」
 サラが、泣きそうな声で呟いた。
「う〜ん、それにしても」 バートが言う。
「なんで俺達、昨晩 みんな揃って眠っちまったんだ?」
「まさかりっさん、お酒にヘンなもん盛ってないよね?」
「まさか!」
 リネッタに言われて、リィルは力いっぱい否定した。
「…………」
 少しの間、沈黙が流れる。
「早く……キリア助けに行かなきゃ……!」
 思いつめたような、サラの呟き。
「でも、まずは」
「身代品の用意……だね」
 「脅迫状」に目を通しながら、リネッタは言った。
「”キグリス王家の指輪”ねえ……
 そんなに価値あるモンなのかな?」
「とにかく、キグリス首都なんだろ?」
 バートの問いに、リネッタは頷く。
「期限は3日か……。
 リネッタ、『混沌の迷宮』とやらの場所は?」
「ここからなら乗用陸鳥ヴェクタで西へ丸1日ってとこだけど。
 まず首都行って、それから行くとなると、ギリギリかな……」
「じゃあ」 バートは立ち上がった。
「サッサと行くぞ」
「うん!」
「ええ!」
 リィルとサラも立ち上がる。
「ちょっと待って、みんな」
 リネッタが、三人を制して言った。
「首都には、わたし一人で行ってくるよ」
「ええっ?! どうして!!」
 サラが驚いて叫ぶ。
「王子から指輪借りてくるだけだもん、四人で行くことないよ。
 乗用陸鳥ヴェクタのこともあるし、わたし一人の方が早いって」
「そっか……
 確かに大人数乗ってたら、速度出ないもんな……」
 リィルはため息をついて、再びその場に腰を下ろした。
「じゃあ、『指輪』のことはリネッタに任せるよ。
 ……俺達、待ってる間、何かすることある?」
「多分……ないと思う」

 *

「やっぱり俺も行きゃあよかったぜ〜!」
 バートは叫んで、仰向けにひっくり返った。
「ホント……。
 ただ待つことしかできないなんて、辛いわね……」
 サラもため息をつく。
「リネちゃん、一体、いつになったら帰ってくるのかしら……」
「首都行って、王子に事情話して、だから……
 ……どう考えても今日中には無理だろね」
「マジかよ!!」
 バートは叫ぶ。
「それって俺達ほとんど拷問状態じゃねーか!」
「あたし達、ホントに何もしなくていいのかしら……
 何かできること、ないかしら……」
「うーん、ヴェクタもないし、肝心のリネッタもいないしなぁ……」
 リィルがため息をついた、その時。
 コンコン。
 扉がノックされる音。
 バートは がば、と体を起こした。
「まあっリネちゃんかしら! 早いわね!」
「んなわけないって」
 サラを制して、代わりにリィルが立ち上がる。
「行くぞっ、バート」
「おうっ」
 バートも剣をつかんで、立ち上がった。
 扉の前で、顔を見合わせてから、
 リィルは一気に扉を引いた。
 バートはいつでも抜けるよう、つかに手をかけて身構える。
「……」
「誰だったの?」
 サラが尋ねる。
「誰もいない」
 未だ緊張を解かずに、リィルは答える。
「何だよ、
 くそっ、こんなときに!!」
 バートは怒りの声を上げ、外へ踏み出した。
 二、三歩進んで、立ち止まる。
「……!!」
 後ろ手に縛られた少女が、倒れている。
 バートは叫んだ。
「キリア?!」

 サラはバートの声を聞いて、慌てて外に飛び出した。
 キリアに駆け寄って、かがみこむ。
「キリア!! しっかりして!!」
 地面に横たわるキリアを抱き起こして、揺さぶった。
 キリアの反応は無い。サラの腕の中でぐったりとしている。
 リィルはキリアの両手首に食い込んでいるロープを解きにかかった。
 バートはふと、何かを感じて、顔を上げる。
 草を踏みしめる足音が近づいてくる。
「彼女は目覚めない」
「!!!」
 漆黒のローブに身を包んだ、背の高い男だった。
 暗い緑色をした髪は、真っ直ぐに長かった。
「お前っ……!!」
「キリアに何したの!!」
 サラが叫ぶ。
「強力な睡眠剤を使っただけだ。
 今回も、できれば手荒な真似はしたくない。
 さあ、大人しく一緒に来てもらおうか、サラ・F・カルバラーノ姫……」
「何言ってるの?! 絶対イヤよ!!」
「おめーが今回の事件の黒幕かっ!!」
 バートがサラの前に立ちはだかった。
「ナントカ盗賊団の方ですね」
 ロープを解き終わったリィルが、立ち上がる。
「キリア返してくれたことにはお礼言いますけど。
 今回の襲撃は、随分、短絡的じゃありません?
 昨晩は夜、しかも全員眠らせて、っていう念の入れようだったのに」
「出来の悪い部下を持つと、上司は苦労するんだ」
「昨日の失敗のやり直しですか。……でも。
 貴方達の目的は”キグリス王家の指輪”なのでは――」
 答える代わりに、男は、右手を高く掲げた。
「……風よ」
「精霊召喚?!」
 次の瞬間、風の刃が、正確にバートとリィルを襲った。
「っ!!」
 あまりの技の速さ《スピード》に、為す術も無く、
「バート!! リィルちゃん!!」
 血飛沫しぶきと共に地面に倒れた二人を見て、サラは悲鳴を上げた。
「何てことするの!!」
「さあ、これで一緒に来る気になったか?」
「なるわけないでしょ!!」
「そうか……残念だ。
 では、彼らには……」
「行くんじゃねーぞ、サラ!!」
 バートは立ち上がり、一気に間合いを詰めた。
「!!」
「喰らえっ、火炎……!!」
 バートは抜き放った剣を振りかぶる。

 数刻後。
 男は、意識を失った金髪の少女を担ぎ上げた。
「彼女は、大地の精霊か」
 今度は、地面に倒れている黒髪の少年を見やって、
「彼がバート・アルツ……。予想以上だったな」
「く……そっ……」
 バートが小さくうめくのが聞こえた。
「!! まだ意識があるのか。
 しかし、もう反撃できる力は残っていまい。
 …………。
 一応、彼女を起こしていくか。
 彼らにこんなところで死なれては困るからな」


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