里 帰 り


 第3部「炎の扉」(初稿)の「次」のお話が、コレでした…。そして「大賢者の塔」へと続きます。
 「……里帰りかあ」キリアは心の奥底でそっとため息をついた。
 ↑のシーンは、本来ならキリアさんの長い回想の後に呟かれるセリフでした。

 こうして見てみますと、今表に出ている「第3部」は、「初稿」に大幅加筆訂正を加えたもの、ということがお分かりいただけるでしょうか(笑)


 「もうすぐね」サラが言った。「久しぶりの里帰り……楽しみ?」
 「うーん、微妙なところね」キリアは苦笑した。
 キリア達は乗用陸鳥ヴェクタに揺られながらキグリスの大草原を進んでいた。目指すはキグリス首都の西に位置する、大賢者の塔。
 ヴェクタはかなり大型の陸鳥で、大きいものならその背に四人は楽々乗れる。かつて、ひとりでピアン首都に辿り着いたキリアは、バートとリィルと三人で旅立ち、途中でサラを加えて四人で旅をすることになった。移動手段はこの大型ヴェクタだった。今も、同じようにそのヴェクタに四人で揺られている。バートはヴェクタの翼のところにもたれかかって自分の剣を抱えて目を閉じて寝息を立てていた。リィルは頬杖をついてぼんやりと草原の彼方を眺めている。その肩には、相変わらず青い小鳥がとまっていた。
 キリア達四人を乗せたヴェクタの後を、少し離れて小型のヴェクタがついて来ていた。そのヴェクタには、リィルの父、エニィル=ルビアンが乗っている。
 ピラキア山脈を後にしたキリア達五人は、麓の町ギサールを通過し、まっすぐに塔を目指していた。
 ギサールは以前、バートとリィルとサラと四人で旅をしていたときに立ち寄った町だった。そこでキリアは思わぬ再会を果たした。キリアが大賢者の塔で世話になっている青年リスティルの兄、サイナス=アストグラードと、妹のリネッタに会ったのだ。リネッタとキリアは、ワールドアカデミー時代の同級生で、親友だった。
 当時のキリア達の目的地はキグリス首都で、その旅にリネッタも同行することになった。しかし、旅の途中で、ピアン首都陥落の報せを聞き、急遽ピアンに戻ることになったのだ。その旅にもリネッタはついてきた。理由は、リネッタの想い人がピアン首都にいることがわかっていたからだ。彼――ウィンズム=アストグラード、リネッタの従兄――との再会を果たしたリネッタは、二人で一緒にのんびりとキグリスに帰ると言い、リンツの町で別れることになった。
 「なんか、ごめんね、キリア」リネッタはすまなさそうに言った。「四大精霊のことに興味はあるし、キリアのこともすっごく心配なの。だけど……わたし、まだ学生だし、春休みの時間って限られてるんだよね。だから、いつまでもキリア達と一緒にはいられなくて、いつかは別れなくちゃなんないから……」
 「ううん、気にしないで」キリアは言った。「久しぶりに会えて、一緒に旅ができて、すっごく楽しかったから。お互い落ち着いたら、また会おう?」
 「うん。絶対、約束ね」リネッタは右手を差し出した。キリアはその手を両手で包んでしっかりと握りしめた。
 リネッタと別れた後で、エニィルが近付いてきてキリアにささやいた。
 「君の友達には悪いんだけどさ、これからの旅は、あまり大人数にしたくないんだ。少数精鋭というか……あまり大人数だと、融通利かなくなるだろう? だから、僕と、キリアちゃんと、バート君と、サラ王女と」
 「父さん」エニィルの背後からリィルが声をかけた。「そのメンバーで俺だけ置いてきぼりってことはないよね?」
 「うん、いいよ、リィルは来て」
 「やった」
 リィルが喜びの声を上げ、キリアもほっとした。また、四人一緒に旅ができるのだ。一人も欠けることなく。
 ピアン首都陥落の報せを聞き、キリア、バート、リィル、サラ、リネッタの五人でリンツに引き返してきたのだが、無理が祟ってサラは高熱を出して寝込んでしまい、バートとリィルはキリアを置いて二人だけで敵の本拠地に乗り込んで行ってしまった。そのときは、もしかして、四人での旅はもう終わりなんじゃないかと思った。バートとリィルのことは良い旅の仲間だと思っていたけれど、彼らの方は、自分のことをどう思っていたんだろう。二人に置いていかれて、キリアは改めてそのことを思った。二人にとって、ピアン王女であるサラはともかく、自分は、つい最近知り合ったばかりの、しばらく一緒に旅をして、旅が終わったらあっさり別れてしまえる存在だったのではないか、と。それは、すごく寂しいことだった。でも、もしそうだとしたら、受け入れなくてはならない事実なのだろうと覚悟していた。
 でも、バートとリィルはリンツに――キリア達のもとに帰ってきてくれた。ガルディアの本拠地に軟禁されていたバートの母ユーリアやリィルの父エニィル、それにリィルの姉と兄と一緒に。そのこと自体は嬉しいことだったが、状況が状況なだけに、素直に喜びを分かち合うことはできなかった。特に、父親と決別してきたというバートのことを考えると。
 そして、皆で今後のことについて語り合った。「異世界からの侵略者」であるガルディア軍は、空間を制御する技術を持ち、遥か彼方から大量の兵力を送り込んでくる。それによってピアン首都は陥落したのだ。ピアンの最南端の港町と首都は敵の手に落ち、次はここ、リンツだろう。そして、オデッサ……ガルディア軍がピラキア山脈を越えて、キグリスの領土を制圧するのも、時間の問題かもしれない。
 「このままガルディアの思い通りにさせないためには」と、エニィル=ルビアンは語った。「こちらもやつらの『空間制御技術』に対抗する力を手に入れておく必要がある。わかるね? やつらもそのことは随分警戒していたし」
 「それが、伝説の『四大精霊』の力なんですか?」キリアは尋ねた。
 「そう」エニィルはうなずく。
 「でも、さっき『空間制御技術』に対抗する力って……」サラが尋ねた。「もしかして何か関係があるんですか? その『空間制御技術』と『四大精霊』って」
 「サラちゃん、ここパファック大陸では、『四精霊の伝説』って、どういうふうに伝わっているのかな?」
 「ええと……」サラは少し考えて、「二千年前に異世界から謎の敵が攻めてきて……。四大精霊の力を借りて、やつらを追い払った、と」
 「うん、だいたいそういう感じだよね」エニィルはうなずいた。「つまり、四大精霊の力は、空間を操って異世界から攻めてきたやつらを……うーん、まあ、とにかく、そいつらをまとめて追い払えるくらい強力だったってこと」
 「やつらの『空間制御技術』を無効化するくらい?」リィルが言った。
 「そう。『四大精霊』の力の前では、やつらも『僕達』も、本当に無力な存在だから……」
 そして、ガルディア軍による被害がこれ以上広がらないうちに、一刻も早く四大精霊の力を手に入れておこうということになった。四大精霊は大陸各地で眠りについているとのことだったが、詳細は一切不明だった。しかし、キリア達は、四大精霊のうちの一体、大精霊”ホノオ”が眠ると言われている地にて、誰にも開けられないはずの扉を開けて中に入ってしまった。扉を開けたのはバートだった。エニィルによると、バートが扉を開けられたのは、バートが「鍵」を持っていたからだという。
 「この剣が……鍵?」バートはテーブルの上に置いた自分の剣を眺めて言った。
 「バート君。この剣は?」
 「父親が俺にくれたんだ。ずっと前……父親がガルディアに行っちまう前に」
 「ってことは、『鍵』のひとつはガルディアが所有してたんですね。でも、なんでクラリスさんはそれをバートに……」
 キリアが言うと、バートの母ユーリア=スィファンが顔を上げた。
 「あの人は、きっと自信あったのよ。バートがガルディアに――自分のもとに来るって、そう信じて疑ってなかったのよ」
 「マジでか?」バートは驚いたように母親を見た。「何考えてんだよあの父親は。そんなことこの世がひっくり返ってもあるかよ。俺はピアンの人間だ!」
 「普通に考えたらそうよね。バートは生まれも育ちもここピアンだもの。ピアン王宮にも良く出入りしてたし、王女のサラちゃんとだって付き合い長いし。でも、あの人は普通じゃないから」ユーリアは寂しそうに笑った。「だから、一番大切なものを息子に託して……あ、でも、私らにしてみればラッキーだったわよね。残りの鍵も、全部『こっち』にあるんでしょ?」
 「え? そうなのか、親父?」リィルの兄フィルが父を見た。「じゃあ、結局、本物の『水』の鍵は……。今は行方不明のお袋が持っているのか?」
 「それはまだ企業秘密ってことで」エニィルは意味ありげに微笑んだ。
 リィルの家族は水の鍵を持っていたのでガルディアに真っ先に狙われたのだという。キリアとリィルが出会ったのは、リィルが敵に襲われている最中だった。エニィルは敵の目を欺くために、精巧な鍵の偽物を作り家族全員に託した。結局、ルビアンの一家はリィルの母ルトレインを除いて敵に捕まってしまったので、本物か偽物かわからない四つの「鍵」はガルディアに奪われたままだった。
 「まずはピラキア山脈に行って、大精霊”ホノオ”の力を手に入れよう。バート君、一緒に来てくれるね?」
 「あ、はい」エニィルに言われて、バートはうなずいた。
 「その次はどうするの?」ユーリアが尋ねる。
 「”ホノオ”の次は、西風の塔――キグリスの大賢者様の塔に行こうと思ってる」
 「塔に?」キリアは思わず声を上げた。
 「キリアちゃん」エニィルはキリアを見て言った。「大賢者キルディアス――君のおじいさんのもとへ、案内してくれないかな」
 「は……はいっ」キリアは緊張しながらも答えた。
 西風の塔、とエニィルは言った。キリアも聞いたことがある。大賢者の塔、別名、西風の塔――。ということは、きっと。
 (あの塔には、大精霊”風雅フウガ”に関わる何かがあるってこと?)
 ありえる話だったが、もしそうだとしたら、あんなに長いことあの塔にいて自分は何も知らされていなかったことになる。
 「その次のことは考えてたりするの?」ユーリアが尋ねる。
 「うーん、先に『水』に行くか、『大地』に行くか。まあ、塔に行くってことは、水も大地も『鍵』は手に入るってことだから……」エニィルは声のトーンを落として呟いた。
 「あの……エニィルさん」サラが遠慮がちに口を開いた。「その四大精霊巡りの旅なんですけど……あたしも連れて行って貰えませんか?」
 「ええ?!」大声を上げたのはバートだった。何よ、悪い?、というようにサラが軽くにらむ。
 キリアはサラの気持ちがわからないでもなかったから複雑な気持ちだった。サラは四大精霊の伝説に興味を持っていたし、それより何よりバートと別れたくない、というのがあるのだろう。しかし、サラはピアン王国の王女。一国の王女を、この旅に同行させることができるのだろうか。今までの「旅」とはわけが違うのだ。
 「いいよ」キリアの心配をあっさり覆してエニィルは言った。「もちろん、そのつもりだったし」
 「ありがとうございます」サラは顔を輝かせた。
 「あら。じゃあ、私も行こっかなー」ユーリアが軽い口調で言う。
 「げっ。何でだよ母親。来なくていーって」バートが顔をしかめた。
 「だって、何だか面白そうじゃない」
 「ごめん……。ユーリアは来ないで欲しいな」エニィルは許しを請うように手を合わせた。
 「ははっ、わーかってるわよ、言ってみただけ」ユーリアは微笑んだ。「要するに少数精鋭ってことでしょ?」
 「あんまり大人数になると動き辛いからね。それにユーリア達には、いつでも連絡の取れるようなところで待機していて欲しいんだ。いざってときのために」
 「オーケイ。余計な気は使わせないわよ」
 「悪いね」
 「じゃあ、俺は?」フィルが尋ねる。
 「フィルとエルザにも、ユーリアと一緒に待機しててもらおうと思ってるんだけど」
 「そうか……」フィルは小さく呟いて、ため息をついた。そのリィルに良く似た顔立ちを眺めていたら、ふと、フィルもこちらを見て目が合ってしまった。キリアは何となく気まずくなって慌てて目をそらした。
 そして、旅立ちの前夜、眠るために宿屋の部屋に戻ろうとしたら、廊下でフィルに声をかけられた。
 「キリアちゃん……。ちょっといいかな」
 「はい。何でしょう」
 「ちょっと付き合って貰えないかな?」
 「え? どこにですか?」
 「夜の散歩」
 どきん、心臓がと音を立てた。断る理由が思いつかなくて平静を装って「良いですよ」と答えた。「じゃあ、上着取ってきます」と言って、いったん部屋に入る。上着を羽織ってフィルと二人、宿屋を出た。
 キリアとフィルは並んで夜のメインストリートを歩いた。人影は全く無かった。フィルはしばらく無言だった。二人分の足音だけが響く。
 歩いているうちにキリアは段々冷静になってきた。リィルの兄フィルとはつい昨日に知り合ったばかりだった。何を図々しいこと考えていたんだろう、昨日の今日でなんてこと、ありえない。キリアはバートとリィルと結構な日数一緒に旅してきたけれど、未だに二人に対してそういう感情を抱いたことは……ないと思うから、多分。
 「ごめんな、キリアちゃん」歩きながら、フィルが口を開いた。「こんな遅くに……。でも、キリアちゃんとは明日でお別れだから。今日中にどうしても言っておかなくちゃならないと思って」
 「お別れだなんて……。一生会えないわけじゃないんですから」
 「でも暫くは会えないからさ……。俺……キリアちゃんのこと」
 キリアはごくりと息を飲み込んだ。好きなんだ、とフィルが小さく続けた。
 男性に告白されたのは初めてだった。今までほとんど男性との付き合いがなかった、というのもあるが。しかし、宿屋を出るときに薄々覚悟していたことが本当に現実になってしまうとは。
 キリアは大きく息を吸い込んだ。
 「ごめんなさい、私……」
 「……好きな人がいる、とか?」
 「そういうんじゃないんです。わかんないんです、そういうの……だから、ごめんなさい」
 それはキリアの心からの本音だった。
 男女のそういう関係――例えば、リネッタとウィンズムとか、サラとバートとか。そういうのをあたたかく見守るのは好きだった。しかし、自分が当事者になるなんて考えたこともなかったし、正直、昨日会ったばかりのフィルが自分にそういう感情を抱くなんて信じられなかった。
 「そっか……」フィルは軽く笑った。「ごめんな、いきなり変なこと言って。忘れてくれ、な」
 「ごめんなさい」それしか言えなくて、キリアはうつむいた。
 「いいよいいよ、フられることはわかってたんだ……」フィルは天を仰いで言った。「ははっ、何考えてたんだろうな俺。万が一良いよって言われたら、リィルに留守番させて旅に同行してやろうとか考えてたのかもな」
 キリアはくすっと笑った。今更といった感じで頬が熱くなるのを感じた。
 「あーでもこれでスッキリしたよ。やればできるじゃん俺……。ははっ、オヤジとリィルのこと……よろしくな」
 「はい」キリアはうなずいた。
 でも、今思えば、フィルとああいった会話をした次の日に別れた、というのはタイミング的には良かったと思う。次に会うときは、お互い普通の笑顔で会えるような気がする。
 「そろそろかな」リィルが呟いた。草原にそびえ立つ大賢者の塔はもう間近に迫っていた。
 「バート起きて」サラがバートの肩を揺さぶった。
 「……里帰りかあ」キリアは心の奥底でそっとため息をついた。


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