キリアとバートとサラの出会い・別ヴァージョン。いつの時代の原稿だろうコレ。
キリア・パシオンは
さっきまでは遠かったピアンの王城の城壁がだいぶ間近に迫っていた。
キリアは振り返って斜め後ろの上空を見上げた。
空には女がいた。
赤い翼を広げ、飛んでいる。
かなりの速度で飛んでいるらしく、ヴェクタの最高速度でも振り切れない。それどころか、距離はだんだん縮まってきている。
キリアはちらりと前を見て、ピアンの城壁との距離を測ると、再び視線を空中の女に向けた。
赤いウェーブがかった髪に、灰色の軍服。腰には剣を挿している。
伝説の、異形の者。
見るのは初めてではなかった。しかし、こうやって追いかけられるのは初めてだった。
どうしよう、とキリアは考える。ここから「力」を放つか、まだ早いか。
空中の女が右手を伸ばして、
その掌から赤い「力」が放たれる。
「っ!!」
ヴェクタを操って上手くかわしたつもりだった。しかし、地面で起きた爆発は、キリアの乗ったヴェクタを吹き飛ばし、地面に叩きつけた。キリアも地面に投げ出された。
予想以上の威力だった。
キリアは急いで上半身を起こし、空中を見上げる。いつでも「力」を放てるように精神を集中させる。
倒れたキリアの数歩先に、女はふわりと降り立った。
女はキリアと視線を合わせ、余裕の笑みを浮かべる。
「悪いわね、キグリスの外交官さん」
女は腰の剣を抜き放ち、一歩、踏み出した。
「せめて、苦しまないように、一思いに殺してあげるわ」
赤い翼を背負った女が、キリアに剣を向けて、一歩一歩、歩み寄ってくる。
「覚悟は、いいわね?」
伝説の異形の者。人でない者。
キリアたちの敵。
こいつらが、ピアン王国の港町を……
「させるかあっ!!」
突然、キリアの背後から少年の声が割り込んできた。
え?、と振り返ろうとしたときには、少年はキリアを追い越して、赤い髪の女に剣を振り下ろしていた。
白いマント、黒い髪の少年の後姿を、キリアは呆然と見つめる。
「な?」
女の驚いたような声。剣と剣のぶつかり合う音。
(――誰?)
× × ×
「ああっ、危ないっ!!」
バート・アルツの頭上で、少女の高い声が響いた。
城門の前に立っていたバートは振り返って城壁を見上げた。金色の長い髪をした少女の頭が見えた。
遠くを眺めていた金髪の少女は視線を落としてバートを見る。
「大変、早く助けに行かなきゃっ!!」
城壁から身を乗り出して、今にもこちらに飛び降りてきそうな少女に、バートは慌てた。
「わーバカ、来るなっ!! お前はそこにいろっ!! 俺が行くから!!」
「お願い!!」
バートは剣を抜いて右手に握り締め、地面を蹴って駆け出した。
ヴェクタに乗ってこちらに向かってきていたのはキグリス王国の外交官だった。
しかし、外交官は、空中からの攻撃を受け、ヴェクタから投げ出された。そして、その外交官に、赤い翼の「異形の者」が迫っている。
(あれが……伝説の異形の者かよっ)
確かに赤い翼で空を飛んでいた。聞いたとおりだった。
(でも、だからといって、剣術では負けねーぜっ)
バートはキグリスの外交官――赤紫色の髪をした少女だった――の前に回りこむと、「異形の者」に剣を振り下ろした。
「な?」
「異形の者」の驚いたような声。剣と剣のぶつかり合う音。
バートは何度も剣を振るった。しかし、全てが受け止められた。
(げっ、結構強いじゃんか)
「異形の者」の女は力任せに剣を払うと、大きく後退してバートから離れた。左手を前に伸ばし、掌をバートに向ける。
「危ない、来るわよ!!」
背後から少女の声。
女の掌から、赤い光が放たれた。
(な……「精霊」?)
バートは右に飛んでかわす。光は地面にぶつかり、爆発した。バートの身体は吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
「なっ……」
地面に片手をついて、バートは呻いた。
(なんだ……この威力?)
× × ×
黒髪の少年が敵の女の「精霊」の攻撃を喰らい、地面に倒れた。
(あの距離じゃ、剣は使えない)
キリアは起き上がって少年の
「な、お前、危ないぞっ!!」
背後から少年の声。彼は、キリアのことを「ただの外交官」だと思っているのだろう。
「この間合いなら、任せて!!」
キリアは精神を集中させる。
(風の精霊――)
右手を空にかざし、召喚した「力」を、女に向けて一気に放った。
「っ!!」
女の軍服の何箇所かを同時に「風」が切り裂いた。女は呻き声を上げ、その右手から剣が零れ落ちる。
すかさず背後から少年が飛び出した。女との間合いを一気につめ、剣を振り下ろ……そうとしたところで、女は赤い翼を広げ、宙に舞い上がった。
両腕で自らの身体を抱きしめている。両腕と胸のあたりが切り裂かれ、血が滲んでいた。
「なかなかやるわね……」
空に浮かぶ女は苦しげな笑みを浮かべる。
「わたしだけじゃ戦力不足だったようね。仕方ないわ、今日のところは見逃してあげる……」
女の周囲の空間が歪んだ。
女の姿が霧のように霞み……女は「異次元空間」へと姿を消した。
× × ×
(消えた……)
女が消えた空を見上げていたバートは、大きく息をつくと、視線を落とした。
右手に握り締めた剣を持ち上げてゆっくりと鞘に戻す。
女と剣を交えたときの感触を思い出す。
「あれが、異形の者か……」
赤い翼を持つ、人とは異なる者。
バートたちの敵。
やつらは、ピアン王国の最南端の港町、サウスポートを……
「見たの、初めて?」
すぐ
バートは外交官の少女を見る。赤紫色のストレートの髪が肩まで伸びている。気の強そうな大きな瞳。歳はバートと同じくらいか、年上だろう。
「ああ。……話には聞いてたけど」
「伝説は本当だったのね……。いたんだ、『ああいうの』が……」
「お前も初めてだったのか?」
バートは尋ねた。
「戦ったのは初めて。やっかいな敵よね。翼で空飛べるんだし、『炎の精霊』の威力も、予想以上。しかも、空間を自由に
少女は大きく息をついた。
「ほんっと、『伝説』に出てくる『敵』そのものね」
× × ×
「バートぉっ!! 大丈夫?!」
長い金髪をなびかせて、ドレス姿の少女が二人の許へ駆け寄ってきた。
「サラ」
振り返って、バートは少女の名前を呼ぶ。
「サラ?」
思わずキリアは繰り返した。
その名は、ピアン王の一人娘――つまり、ピアン王女の名前だったから。
「お疲れ様、バート。大丈夫? 怪我はない?」
心配そうに尋ねてくるサラに、バートは笑顔を向けた。
「あー、あんなヤツ、俺様の手にかかりゃあ楽勝だったぜ!!」
「どこがよ!!」
得意げなバートに、思わずキリアは叫ぶ。
「何言ってるの、アンタの剣技、全然通用してなかったじゃない!! トドメの一撃は私がやったんだし」
「うっ……うっせー!! 余計なこと言うな!!」
バートが叫び、サラがくすっと笑った。
そして、サラはキリアの方に向き直った。
「ありがとう、キグリスの方。貴女、すっごく強いのねえ。かっこ良かったわあ!!」
「あ……ううん、お礼を言うのはこっちの方で……。まさか一介の門番クンの助太刀が入るとは思ってなかったから」
「一介の門番クン?」
サラはバートを見て、可笑しそうに笑った。
「ただの門番じゃないわよ、バートはねえ……」
「おい」
何か言いかけたサラを制して、バートが口を開く。
「お前、こんなところで油売ってる場合かよっ。時間、大丈夫なのか?」
「あーっ、いっけない!!」
サラは大声を上げた。
「あたし、急いで戻らなきゃっ!! ごめんなさいっ!!」
「転ぶなよー!!」
その背中に向けて、バートが叫ぶ。
「……ってか、お前もだろ」
キリアを見て、バートが言う。
「私は良いのよ。お役目ここまでだから」
「は? 何言ってんだ、お前キグリスの外交官だろ」
「ううん」
キリアは首を横に振って否定した。