伝 説 の 欠 片


 だーいぶ昔に書いた「プロローグ」です。この「プロローグ」を膨らませたのが、「翼持つもの」です…と言いたいところなのですが、真相は違ったりします。この「プロローグ」は、「翼持つもの」を書き終えてから発掘されたものなのです。それまでこの原稿の存在、すっかり忘れてました。
 なんつーか…。忘れてても、深層で覚えてたりするのですかね…
 (ちなみにコレが掘り出された後で、「翼持つもの」を改稿したりもしているので、意図的に被っている部分もあります)


 一匹の乗用陸鳥ヴェクタが草原を南に向かって駆けていた。その背には少年と少女が乗っている。少年も少女も歳は十五、六といったところ。少年は短い黒髪に白いマント、青い上着、腰には剣を挿し、ヴェクタの手綱をしっかり握りしめて前を見据えている。ヴェクタは青空の下、草原を風を切って走っている。少年の前髪が揺れ、マントがはためく。
 少女は長い金髪を頭の上で一つにくくっていた。動き易い武道着に身を包んでいる。
 少年の名はバート=アルツ、少女の名はサラ=F=カルバラーノ、といった。
 前方には広く深い森が見えていた。その森を抜けたところに、彼らが目指す目的地サウスポートがある。
 森の中のどこかから不気味な色の煙が青空に立ち上っている。不吉な光景だった。バートはサラを見る。硬い表情でサラが口を開く。
「やつらはサウスポートを襲って……、さらに北上するつもりなのかしら」
「首都はそう簡単には落ちねーぜ」バートは言う。
「とにかく行くぞ。覚悟はいーな?」
「うん」
 本当は覚悟はバート一人で決めれば良かったのだ。そもそもバートはサラを連れてくる気はなかった。しかし、ここまでついてきてしまったサラをここに一人で置いていくわけにはいかない。
 サウスポートが襲われた、という報せをバートは首都で聞いた。サウスポートはピアン王国最南の町。ピアンが接している他国はピアンの北に位置する山脈を挟んだキグリス王国だけである。海にしか面していないサウスポートが「襲われる」なんて普通に考えてまずありえない話だった。
 次の日の早朝、バートは乗用陸鳥ヴェクタに乗って南を目指すことにした。ひとりで行くつもりだったのだが、出て行くところを幼なじみのサラに見つかってしまった。サラは一緒に行くと言い出した。
「あのなー」バートは一応言ってみる。「いくらなんでもさすがにまずいだろ、お前が動いちゃあ」
「どうしてあたしが動くとまずいのよ」サラが言い返す。
「王女って何のためにいるの? こういうときのためでしょ。こういうときに動かないで、何が王女よ」
 そう言われてしまうと、バートは何も言い返せない。サラの言葉は筋が通っているようで、どこかしら強引なような。でも、サラの気持ちはわかるから、バートは何も言わない。
 サウスポートにはバートの知り合いが住んでいる。同い年のリィルという名の少年とその家族。リィルはバートの親友と言っても良かった。リィルは元々首都に住んでいたのだが、三年ほど前に父の仕事の関係とやらで(とリィルは言っていた)サウスポートに引っ越していった。ピアン王女であるサラも、リィルのことはバートを通じて知っている。
 リィルとリィルの家族のことが心配で、というのが一番の理由だが、バートがサウスポートに向かっている理由としてはもう一つあった。正体不明だという「敵」に関わることだった。バートはサウスポートから報せを持ってきた兵士から、「王にはまだ言えないのですが」という噂を教えてもらっていた。サウスポートである人物を見た、という噂。噂は噂だということだが、バートをいてもたってもいられなくさせる噂だった。真相を確かめるために飛び出してきたものの、真相を確かめるのが恐い。噂が真実だとわかったときどうすれば良いのかもわからない。
「バート、あれ!」バートの後ろでサラが声を上げた。バートははっとして前方を見やる。
 一匹の乗用陸鳥ヴェクタが森を抜けこちらに向かって駆けてきていた。その一人乗りのヴェクタには見覚えがあった。近付いてくるつれ、ヴェクタに乗っているのが茶色い髪の少年だということがわかってくる。
「リィル……」バートは呟いた。無事だったんだな、とほっとしたのが半分。しかし何故、彼は一人なのだろう。彼の家族は……。そう思うと、素直には喜べない。
「ねえっ、あれがまさか……!」
 サラの指は空を指していた。
 彼らは赤い翼を広げて空を飛んでいた。明らかにリィルの乗るヴェクタを追っている。その数は十匹ほど。翼を持つ人型の、魔物?
「あれが敵なの? 翼持つ異形の者、異世界から現れた侵略者」
「どうやらそうみてーだな」バートはうなずいた。リィルの乗るヴェクタと赤い翼を持つ者たちは徐々にこちらに近付いてくる。バートはヴェクタを止めた。
「バートっ、サラ」
 バートの隣にリィルもヴェクタを止めた。
「久しぶり。来ちゃったんだ」
「サウスポートが襲われたって報せを聞いたからな」バートはヴェクタを下りて空を見上げる。
「八、九、十……ちょうどか。二人でなら相手にできない数じゃねーな」
「そうかなー」リィルは首をかしげる。「でもまあ、どっちみち、バートたちの乗ってる二人乗りヴェクタじゃ振り切れないよ」
「それにこっちは三人よ」サラもヴェクタから下りて言った。げっ、とバートは顔をしかめる。
「『敵』と戦う覚悟だってできてるわ。いざってときにみんなを守れるよう、毎日鍛えてるんだから」
「……幸せだよな、ピアン国民って」リィルが笑顔をつくった。
 異形の敵たちは奇声を発しながら右手を空に掲げた。土色の肌。赤い短い頭髪。吊り上がった両眼。いびつな鼻。尖った耳。口から覗く牙。腰には剣を挿している。
「気をつけて。やつらは炎を使うから」
 リィルが呟くと同時に、数匹の敵がこちらに炎の精霊を放った。リィルはバートとサラの前に立つと水の精霊を召喚して空に向けて放つ。リィルは水の精霊を使うことができる。その間にバートは腰の剣を抜き放って構えた。それを見た敵たちも次々に剣を抜いて、地面に降り立つ。そして一斉に襲いかかってきた。バートは斬りかかってくる剣をかわし、自らの剣を繰り出す。斬りつけられた敵が奇声を発して地面に倒れる。
「バートっ、助太刀するわよ!」
 サラも異形の敵に拳を振るい、リィルも水の精霊で二人を援護した。サラは王宮できちんとした武術の訓練を受けている。
 数十分後、翼持つ敵たちは全員地面に倒れていた。小さく呻き声を上げている者もいたが、起き上がる力は残っていなさそうだった。バートはふうと息をついて、剣を鞘に戻した。サラがバートの右腕にそっと触れ、戦いの最中に負った切り傷を大地の精霊の力で癒す。
「こんなやつらがサウスポートを襲ったってのか」バートはリィルに尋ねた。リィルはうん、とうなずく。
「でもこいつらは下等なほうだと思う。もっと人間みたいな綺麗な外見に赤い翼を持ってるやつもいた。やつらは人間の言葉を喋ってた」
「……なあリィル、ちょっと聞きづれーことなんだけど」
「俺の家族のこと?」リィルはさらりと言う。
「わからない……。サウスポートではぐれちゃったから。……ううん、父さんの指示でみんなバラバラに逃げたから」
「そのヴェクタ」バートはリィルの乗っていた一人乗りヴェクタを指して言った。
「姉ちゃん自慢の最速ヴェクタだろ?」
「……」
 リィルは上着の内ポケットから布に包まれた丸く平べったいものを取り出した。布を解くと、中からひびの入った小さな鏡が現れた。
「リィル、それは?」バートは尋ねてみた。
「姉貴の嘘つき」リィルはぽつりとつぶやく。
「これが本物なわけないじゃんか……」


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