オ デ ッ サ の 朝


 リィルの受難シリーズになってきた(笑)


 ただごとではないのが一目瞭然だった。いくら寝起きの悪いリィルだって、流石に目が覚めた。……のだが、まだ半分くらいは、夢の続きではないかと思っている。
 朝の日差しに照らされた、狭い宿屋の一室。簡素な作りの部屋で、調度は、ベッドが二つと、その間にしつらえてある小さなテーブルのみだった。
 テーブルは水浸しだった。床も同じくびしょびしょだった。そして良く見ると、細かいガラスの破片が散乱している。ランプもぶっ壊されたらしい。
「お前? 一体何やって……」
 寝間着姿の黒髪の少年が、仁王立ちになって見下ろしていた。正気とは思えない怖ろしい形相で、こちらを睨み付けている。その手には、銀色に輝く長いモノを振りかぶっていた。
「……バート……?」
 リィルは、彼の名を呟いた。上半身を起こし、右手で体重を支え、身構えた。いつでも飛び出せるように。
 バートの長剣は、何のためらいもなく、振り下ろされた。
 予測済みの行動だった。ベッドのスプリングを利用して飛び退く。バートとは反対側に着地した。
 すっぱりと切断された寝具が、燃え上がった。火炎斬だ……本気なのか? リィルの背筋に冷たいものが走る。
「……水よ!」
 咄嗟に、水を召喚した。やっぱり燃えているものは消火しなくては。あーあ、でも見事に焦げてるよ……宿屋の主人さんに怒られるよ……
 リィルは、ベッドを挟んでバートと向き合った。
 バートがベッドに片足をかけた。思わず一歩引くと、背中が壁にぶつかった。壁際に追いつめられる形になる。
 リィルは信じられない思いで、バートの顔を見つめていた。どうして……?
 バートは勢いよくベッドの上に飛び乗った。自分めがけて、真っ直ぐ長剣を振り下ろしてくる。刀身が赤く燃え上がった。
 ──火炎斬。バートが扱える唯一の「魔法」だ。
 バートはいわゆる「魔法音痴」だった。精霊との契約はすませたが、どうやっても魔法は使えなかったそうだ。
 しかし、彼が殺意を持って、本気で剣を振るうとき、炎が生まれる。それが、火炎斬。
「……っぶな!」
 リィルは振り下ろされる軌跡を読んで、右にかわした。動体視力と反射神経には自信があった。目標を外れ、木の壁に食い込む剣。
 だんだん腹が立ってきた。何で寝起きに本気で戦わなくちゃならないんだよっ!! しかも相手はバートだ。
「いー加減……頭冷やせよっ!」
 召喚した水を、バートに頭からぶっかけてやった。流石にびっくりしたようで、バートの動きが止まる。炎に水だし、少しはダメージを与えられたのかもしれない。
 チャンス、とばかり飛びかかった。取り敢えず、武器は封じないと圧倒的に不利だ。
 両手で、バートの右腕を押さえ込んだ。剣は壁に食い込んだままだった。よし、と思ったところで……腹に衝撃を感じ、次の瞬間、リィルの身体は床に叩きつけられていた。
「っ!」
 息が詰まる。今確実に空飛んだよ……とかのんきに思いながら、床に崩れ落ちた。腹を抱えてうずくまる。バートの蹴りが見事にヒットしたらしかった。苦しい。
 見上げたバートの右腕には燃えさかる剣。リィルは大きく深呼吸しながら、全身に力を込めた。
 そのとき。
「何やってんのあんた達っ!!!」
 ドアを開け放つ音に重ねて、キリアの大声が響き渡った。
「俺は何もしてないよっ!!」
 咄嗟に叫び返す。本当は「コイツ何とかしてくれ」と言いたい状況だったが。
「全くもう……風縛っ!!」
 心の声が届いたのか、察したらしいキリアが、見えないロープでバートを縛りあげた。一声呻いて、途端に大人しくなるバート。手にしていた剣が、からん、と床に落ちた。刀身を包み込んでいた炎が消える。
 リィルは思わずその凶器を掴むと、身体を引きずるようにして、壁際まで避難した。
「サラ、コイツ一発殴っといて」
「え?」
 部屋の入り口に突っ立ったまま、言葉を失っていたサラが、我に返ったように聞き返した。
「風縛だっていつまでも持たないしっ……」
 キリアが、ちょっと苦しそうに言った。暴れだそうとしているバートを、魔法で必死に押さえつけているのだろう。
「わかったわ……ゴメンバートっ」
 サラが一気に間合いをつめた。ふるった拳が、正確にバートの鳩尾にめり込む。バートが声もなく崩れ落ちた。意識が飛んでくれたらしい。
「……サンキュ……」
 それを見て、安堵の溜息が漏れた。両足を床に投げ出して、楽な姿勢になって座り込む。
 全身が、汗でびっしょりだった。何で朝っぱらからこんな目にあってるんだろう……。


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