サイナスとトニーと。2


 夕食当番はウィンズムだった。ウィンズムは焼き豚とレタスのキムチチャーハンを作ってくれた。ウィンズムとリネッタで四人分のチャーハンのお皿をサイナスの部屋まで運んで、テーブルに並べた。食欲をそそる良い香りが部屋の中に満ちた。辛いもの好きのサイナスは目を輝かせた。リスティルが温かい烏龍茶のポットを持ってきた。サイナスはウィンズムに手を貸してもらって席に着いた。
 リスティルが四人分の烏龍茶を淹れ終わると、みんなで「いただきます」と言って遅い夕食が始まった。
「先に食べててくれて良かったのに……」
 一眠りして起きたところのサイナスが何だか申し訳なさそうに言った。
「ん、だらだらしてたらこんな時間になっちゃっただけだよ。それにこんな機会めったにないし。せっかくだからみんなで食べようよ」
 リネッタが言うと、リスティルがにこにことうなずいた。ウィンズムはいつものように無表情でスプーンを口に運び続ける。
「そう言えばサイ兄、家には何か言ってあるのですか? 休暇とって帰ることになっていたのでしょう」
 烏龍茶に口をつけながらリスティルが尋ねた。
「あー。そうだよね。私もサイ兄と一緒に帰るって言ってあるし、母さま心配してるかも」
「ん、一応、森に入る前に、ちょっとこっちでごたごたがあって帰れないかも、って手紙は出しておいたけどな。落ち着いたらまた連絡するって」
「そっか。じゃあ、私も手紙出しておこうかな。何て書こう……」
「リネだけでもお袋に顔見せに帰ってやれよ。休み、まだあるんだろ」
「そりゃサイ兄の休みよりは長いけど、うーん……」
 チャーハンを口に運びながらリネッタは考え込んだ。こんな状態でひとりで実家に帰ってもあれなので、何となく今回は帰らなくても良いかという気になってきた。
「……私が家に帰ったら、母さまに『サイ兄は大怪我したから来れない』って言っちゃうよ?」
「ぐ、お前イジワルだな……」
 サイナスがうめいた。やはり、母に怪我のことは隠すつもりだったのだ。
「そういや、リス兄とウィンズムはいつまでここに居るつもりなの?」
 兄と従兄を見てリネッタは尋ねてみた。
「私は、いつまででも。『身内の問題が解決するまでお休みをいただきます』と言ってありますから」
 と、リスティルが答える。
「ウィンズムは?」
「…………」
 ウィンズムは食事の手を止めて、少し考え込むように視線を落とした。
「……たまには良いじゃん。しばらく居ようよ。このチャーハンすっごい美味しい。ウィンズムが作る他の料理も食べてみたいな」
「……そうだな」
 ボソリとウィンズムが呟いた。
「……さすがにこの状況で俺がさっさと居なくなったら不義理だな。しばらくギールに居るつもりだ」
 やったあ、と叫びそうになって慌ててリネッタは言葉を飲み込んだ。この状況でやったあはないだろう、やったあは。

 *

 ウィンズムとサイナスがチャーハンを平らげ、サイナスが「おかわり」と言ったのでリネッタが席を立とうとしたのをウィンズムが制して立ち上がったとき、玄関で呼び鈴が鳴った。行ってみるとトニーだった。やはりフルーツ盛り合わせセットのかごげていた。籠の中には赤・青・黄色の折り紙で折られた折鶴も入っていた。
「勤務中は抜けられなかったからさ、改めてお見舞いに来たんだけど」
「わざわざありがとうございます。どうぞお入り下さい。食事中で申し訳ないのですが……」
 リネッタはトニーをサイナスの部屋に案内して、椅子を勧めた。
「あ、よろしければ一緒にお茶と夕飯いかがですか?」
「いや、もう家で食べてきたから」
 トニーは笑顔で首を振る。
「こう見えてもコイツにはちゃんとメシ作ってくれるヤツがいるんだ」
 ニヤニヤとサイナスが言った。こう見えてもは余計だよ、と言ってトニーが笑いながらサイナスを小突く。じゃあお茶だけでも、と言ってチャーハンを食べ終わったリスティルが立ち上がった。入れ替わりにウィンズムが入ってきて、チャーハンをサイナスの前に置くと、空になった自分とリスティルの皿を持って部屋を出て行った。
「これ、リンが、」
 と言って、トニーは赤・青・黄色の折鶴をサイナスに見せた。サイナスが照れたような笑顔になる。
「うっわ。良い子だなリンちゃん。ええと、四つになるんだっけ」
「ああ。全く、父親としては妬けるよ。リンのやつ絶対、オレよりお前のことが好きなんだぜ」
「馬鹿言うなよ。お前が良い父親だから、リンちゃんも良い子に育ってるんだろ」
 サイナスは目を細めて、嬉しそうに折鶴を手に取っていた。
 リスティルが入ってきて、湯飲みをトニーの前に置いて烏龍茶を注いだ。リネッタはチャーハンをかきこみながら、
「あの、サイ兄とトニーさんって、どういう仲なんですか」
 と聞いてみた。
「そんなに慌てて食べなくて良いぞ。ええと、アカデミー時代のクラスメイトで、今はコイツが郵便課で、俺が治安課」
 とサイナスが答えた。リスティルがそれではごゆっくり、と言って部屋から出て行った。
「今は一見同僚だけど、オレは地方公務員なんだ。なっちゃんは国家公務員。なっちゃんのほうが給料良いんだよ」
 とトニーが言う。
「どう違うんですか?」
「ええと、地公はずっとギールで働くんだけど、国公は中央から派遣されて、あちこちの町村を異動するんだ。今の役場は、地公と国公が二対一くらいかな。半地方分権ってことで」
「半地方、ぶんけん……?」
 リネッタは首を傾げた。
「つまり、なっちゃんのほうがオレよりずっと偉いんだ」
「何がつまりだ。やってる仕事は変わらないって」
「でも事実だろ。……あ、もちろんひがんでるわけじゃないよ。なっちゃんは凄いんだ、昔から」
「あ、サイ兄の昔の話聞きたいです」
 リネッタが言うと、じゃあ、とうなずいてトニーは語り始めた。
「最初はオレの話になっちゃうけど、オレ、昔はすごいいじめられっ子だったんだ。今以上に太ってたし、気も弱かったし、友達もいなかったし、いつもびくびくおどおどしてて、今思うとすごいいじめやすい子だったんだろうね」
「そうだったんですかあ」
「良く体育館の裏とかでカツアゲされてさあ、」
「え。酷いそれ、犯罪じゃないですか」
「でもそいつらケンカ強かったから逆らえなくてさあ。……そんなとき、そこになっちゃんが通りかかったんだ」
 もしかして正義感溢れる兄の武勇伝が聞けるのだろうか、と、リネッタはわくわくしながら続きを待った。
「なっちゃんは一言、『ばっかじゃねえの』って呟いて、通り過ぎてったんだ。オレを助けてくれるわけでもなく」
 がく、とリネッタは肩を落とした。
「でもカツアゲしてたヤツらは『バカにされた』って思ったんだろうねえ。オレのこと放ってなっちゃんに殴りかかっていったんだよ。三人とも、なっちゃんが返り討ちにしてたけど」
「へええ」
 リネッタは目を輝かせて兄を見た。
「結果的になっちゃんはオレを助けてくれたんだ。で、こう言っちゃあ悪いんだけど、当時のなっちゃんもオレと同じで、クラスの中で友達いなかったって言うか、誰ともつるんでなかったから、ひとりもの同士、友達になれたら良いなあって思ってさ、この間はありがとう、一緒にお昼食べようとかアプローチかけてみたんだけど、」
「あぷろーち……」
「……ダメだったね。相手にしてもらえなかったよ」
「……サイ兄、酷い」
 リネッタは兄を睨んだ。
「いや、違う違う」
 慌てたようにトニーは手を左右に動かした。
「オレが悪かったんだよ。同じ『ひとりもの』ったって、なっちゃんは何でもできてみんなに一目置かれてて、オレはただのいじめられっ子で。レベルが違い過ぎたんだよ。オレなんかが友達になれるわけがなかったんだよ」
「ああ……当時の俺は、さ」
 すまなさそうにサイナスが口を開いた。
「違うんだ、いっぱいいっぱいだったんだ。家族のこと、弟妹きょうだいのことで……。それで、きっと周りが見えていなかったんだ。もう時効だろうからリネにも言うが、一年先、二年先、三年先、五年先……って先のことシミュレートしちゃってさ。一刻も無駄にできなかったんだ。俺とリネがちゃんとアカデミー卒業するためには」
「……あ、そっか……」
 ごめんね、とリネッタは思った。自分も早く一人立ちしよう。一人立ちしてしっかり稼いで、早く母さまとサイ兄に楽させてあげよう。
「でもまあ、最後はクラス全体で仲良くまとまってたよな」
 と、トニー。
「みんなだんだん大人になったっていうか、カツアゲもイジメもアホらしくなってきたというか。なっちゃんが委員やってたからまとまったのかもな」
「またまた、心にもないことを」
 と、サイナスが笑う。
「な、本当だって。本当にそう思ってるって。きっとみんなもそう思ってる」
 リネッタは兄とトニーの昔語りを興味深く聞いていた。当時の兄のことを色々想像してみたりした。
「なあ……、なっちゃん」
 ふいに、トニーが真面目な顔つきになってサイナスを見た。
「ん?」
「お前……、やっぱり当分結婚しないのか?」
「はは。今日それ散々言われたな」
「いるの? 相手」
 リネッタはほとんど確信を持って尋ねてみた。おせっかい好きそうなおばちゃんが「相手探してあげるわよ」的なことを言わなかったからだ。いるのなら何故結婚しないのだろうと思った。同期のトニーなんかもう子供がいるのに。


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