リネッタとウィンズムと。


「だってサイ兄怪我してるんだよ! 心配するよ!」
「怪我してなくたって心配するときはするだろう、サイナスは。怪我して動けない今のほうが、下手に動かれなくて逆に都合が良い」
「…………」
 何を言ってもことごとく従兄に反論されて、リネッタはだんだん腹が立ってきた。じゃあ、とリネッタは切り札を出してみることにした。
「じゃあ、私も行く」
「…………」
 ウィンズムがふう、と大きくため息をついた。
「……バカか」
「ウィンズムだって十分にバカ言ってるんだよ。自覚ないの?」
 リネッタは言ってやった。
「……自覚は、ある。これは俺の我侭わがままだ」
 あっさりとウィンズムは認めた。
「……しかし……リネ。男には、我侭を通さなくてはならないときがある」
「…………」
 リネッタは呆れた。男には……って。というか、従兄と口論していることがだんだんアホらしくなってきた。こうなってしまったウィンズムは絶対に自分の主張を曲げない。行くと言ったら行く。やると言ったらやる。
「……大丈夫だ、すぐ戻る」
 ウィンズムが言った。リネッタは従兄の表情の無い顔をじっと見つめた。悔し涙がにじみ出てきた。
「ばか……どこへでも、行っちゃいなよ……」
「…………」
 ウィンズムはコーヒーを飲み干すと、カップをテーブルに置いて立ち上がった。あ、行っちゃう、とリネッタは思った。さっきは「どこへでも行っちゃいなよ」とか言ってしまったけれど、やっぱり本当は止めたい。力づくでも。力では敵わないのはわかっているけれど。
 どうしよう。ウィンズムを止めるには、何か、何か言わなくちゃ……
「ま、待って!」
 リネッタは叫んで椅子を鳴らして立ち上がった。リビングから出て行きかけていたウィンズムが振り返ってこちらに視線を投げる。
「さ、さっき『頼み』があるって、言ってなかった? 何なの? 頼まなくて良いの?」
「……ああ、」
 ウィンズムは今思い出したというように、何かのついでのように、リネッタに言ってきた。
「俺が森に行っていることはできるだけの間サイナスとリスティルに隠せ。俺は嘘を考えるのが苦手だから、お前が考えろ。お前の役目は、サイナスとリスティルに余計な心配をかけさせないことだ」
 ――ぶちっ。
 リネッタの心の中で何かがはじけた。リネッタはだんっ、とテーブルに拳を叩きつけた。コーヒーカップが音を立てて揺れてコーヒーが飛び散った。
「アンタ……!」
 リネッタの声は知らず震えていた。リネッタは大きく息を吸い込んで――
「アンタ、自分の行動がサイ兄とリス兄に余計な心配かけてるって自覚あんじゃん! その上で勝手な行動取ろうとしてんの?! さっきは『サイ兄がどう考えてるかなんて関係ない』とか言ってたくせに……! てか、なんで私がそんな風にアンタのフォローしなくちゃなんないの! 人にフォロー頼まないといけないような後ろめたいことする気なんだ。へーそうなんだ。……フザケないでよ! 私のこと何だと思ってるの?! バカにしてるでしょ! 私、絶対アンタの言いなりになんかならない! すぐにアンタが森に行っちゃったって言いつけてやる! 今すぐにでも! サイ兄とリス兄に余計な心配かけさせてやる!」
 リネッタは一気にまくし立てると、呆然とこちらを見つめて固まっているウィンズムを突き飛ばすようにしてリビングの外に出た。廊下を早足で、真っ直ぐにサイナスの部屋に向かう。何だかもう、冷静な考え方ができなくなってしまっていた。ウィンズムを止めたいというのが一番の本音だったはずなのに。サイナスとリスティルに言いつけたところでウィンズムが止まるはずないのに……。
 しかし、リネッタは後ろからウィンズムに腕をつかまれて、前進を止められてしまった。
「…………」
 リネッタは無言で、至近距離にあるウィンズムの顔をにらむ。
「……考えが変わった」
 と、ウィンズムはぼそりと呟いた。
「え……嘘。ほんと……?」
 リネッタは信じられない思いでウィンズムを見つめた。
「……お前に言いつけられるくらいなら、自分でサイナスとリスティルに言ってから行く。それなら文句はないだろう」
「…………」
 なんだ、結局行く気なのか……とリネッタはがっかりした。でもきっと、サイ兄とリス兄ならウィンズムをみすみす行かせはしないだろう。サイ兄とリス兄に反対されれば、ウィンズムも考え直すかもしれない。事態はだいぶ良いほうへと変わった。最後の足掻きが、ウィンズムを足止めすることに成功したのだ。
「……それにしても、」
 ウィンズムはふっと微笑したようだった。
「……お前は、もう少し兄想いなヤツだと思っていたんだがな」
「…………」
 どういう意味?とリネッタは思った。バカにされた? 感心され……ては、いないか。


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