そ れ か ら


 四人は四人がけのテーブルの席についていた。キリアの隣にサラが座っていて、キリアの目の前にバートが座っていて、バートの隣にリィルが座っていた。
 小さな食堂のようだった。キリアの周りには、いくつかの四人がけや六人がけのテーブルと椅子が並んでいた。食堂の窓からは朝日が差し込んでいた。客はキリアたちの他には誰もいなかった。
「…………」
 四人はしばらくぽかんとお互いの顔を見つめ合ったまま、固まっていた。
 窓の外では鳥たちが楽しそうに歌っている。四人で朝食の席についているみたいだった。テーブルの上には、朝食の代わりに、銀色の腕輪と、小さな鏡と、鞘に収められた立派な剣が並べられていた。
「ここは……」
 キリアは呆然とつぶやいた。この食堂には見覚えがあった。多分、バートとリィルとサラにはもっと見覚えがあるに違いなかった。
「『SHINING OASISシャイニング・オアシス』?! ピアン首都の――」
 キリアはバートの母親が営んでいた食堂の名前を口にした。
 だんっ、とバートがテーブルに手をついて立ち上がった。テーブルの上の腕輪と鏡と剣がかたんと音を立てて跳ね上がった。
「……どういうことなんだよ、これ……?」
 バートはテーブルの上の剣をひったくると、早足で扉のほうへ歩いていった。扉を開けて、食堂の外へ出て行く。サラはもう立ち上がってバートの後を追っていた。キリアも立ち上がると、テーブルに置かれていた腕輪を取って、バートとサラに続いて外に出た。
 食堂の外も見たことのある風景だった。朝日が照らし出す、ピアン首都のメインストリート。ピアン首都の街並み。街路樹から数羽の小鳥が歌いながら飛び立つ。メインストリートには、四人の他には人影はなかった。
「確かに、ピアン首都だ……」
 バートがつぶやくのが聞こえた。
「ええ……」
 サラもうなずく。
「どうなってるんだ……?」
「ピアン首都って……”ケイオス”に飲み込まれて、消滅したはずよね……?」
 キリアは言ってみた。
「夢でも見てるのかしら……」とサラ。
「それに……、この鏡とキリアの腕輪とバートの剣……」
 キリアの背後でリィルが口を開いた。キリアは自分の腕輪を見た。もう腕輪から大精霊の力は感じられなかった。ただの銀色の腕輪だった。
「この鏡だって、剣だって腕輪だって、”ケイオス”に飲み込まれて消えてしまったはずなのに……」
「…………」
 バートが先頭に立って、四人は何か釈然としないまま、ピアン首都のメインストリートをあても無く歩いた。あちこち歩き回ってみたが、人の気配は全くなかった。ここは一体、どこなんだろう? ピアン首都? 自分たちはパファック大陸に帰ってこれたということ? 消えたはずの首都が復活した? それとも……ピアン首都に似た、別の世界? 最悪……未だ”ケイオス”の中? この光景は、幻……?
 そのとき、四人の背後から、クルルルル……と何かが鳴く声が聞こえてきた。四人ははっとして振り返った。懐かしい声だった。四人でキグリスを旅していたときに、何度も聞いていた声……。
乗用陸鳥ヴェクタくん!」
 サラが叫んで乗用陸鳥ヴェクタに駆け寄った。懐かしい、四人乗りの大型ヴェクタだった。ヴェクタは嬉しそうに鳴いて、駆け寄ってきたサラにくちばしをすり寄せた。
「このヴェクタ、なんで……ここに?」
 キリアはこの四人乗りの乗用陸鳥ヴェクタと別れたときのことを思い返してみた。確か、四人でこのヴェクタに乗ってツバル洞窟まで行って……その後、バートと二人でこのヴェクタでリンツまで戻って……
「あ」
 キリアは思い出した。それから、キリアとバートで初めて”ケイオス”に行ったとき。そのとき、このヴェクタも”ケイオス”に飲み込まれたのか、行方不明となっていたのだった……
「”ケイオス”に飲み込まれて消滅したはずのものが……戻って、きている……?」
 キリアはつぶやいた。
「ピアン首都の街並みも、腕輪も、バートの剣も、リィルの鏡も、この乗用陸鳥ヴェクタも。……もしかして、”ケイオス”のコアが、消滅したから……?」
「でも、じゃあ、なんで首都ここには誰もいねーんだ? ガルディアのやつらは……?」
 バートが尋ねてくる。
「それは……もしかしたら、」
「彼らの戻るべき場所は、『ここ』では無いから……?」
 リィルが言った。
 キリアは赤い色の大地を思い出していた。”ケイオス”で見た、クラリスの記憶の中の『異世界』。そこが、彼ら――ガルディアの戻るべき場所なのだろう。
「そうね。コアが消えて、”ケイオス”に飲み込まれていたものは、パファックのものはパファックに戻って、ガルディアのやつらは異世界に戻ったのかもしれない。……じゃあ、もしかしたら、クラリスさんも……?」
 そこまで言ってキリアはしまったと思った。バートは”ケイオス”のコアであるクラリスを『倒した』と言っていた。そして、”ケイオス”でバートと再会したとき、その場にクラリスはいなかった。それがどういうことなのか、一番良くわかっているのはバート自身なのだ。下手な気休めに聞こえてしまったかもしれない。
「ああ……。案外、そうかもしれねーな」
 キリアの心配を覆すように、バートはあっさりと言った。吹っ切れたような笑顔を浮かべて。

 *

 それから四人はピアン王宮に行ってみた。王宮内には予想通り誰もいなかった。ピアン首都を占領していたガルディア兵たちは、本当に跡形もなく消えてしまっていた。王の間で、キリアは不思議な気持ちで王の居ない玉座を眺めていた。
 誰もいない王宮に留まっていても仕方ないので、四人は乗用陸鳥ヴェクタに乗ってリンツに戻ることにした。四人でヴェクタに乗るなんて久しぶり、とキリアは嬉しくなった。
 首都の北門を出ようとしたところで、四人は”ケイオス”調査隊と鉢合わせした。隊長と隊員たちは、キリアたち四人を見て驚きと喜びの声を上げた。
 隊長が語るところによると、今朝、日の出と共に黒い砂漠――”ケイオス”が跡形もなく消滅してしまったのだという。調査隊はバートとキリアを探しながら、ここピアン首都までやってきたのだった。
 バートたちの報告を聞き、隊長は一羽の伝書鳥をリンツに向けて放った。そして、調査隊はピアン首都について調べるためにしばらくここに残ると言った。四人はリンツに戻ることにした。
 リンツへの街道を乗用陸鳥ヴェクタに揺られて進みながら、バートがふと思い出したように口を開いた。
「それにしてもサラ……、お前、良く俺のこと止められたよな」
「え?」
 サラはきょとんとバートを見た。
「あのとき、最後の最後に俺の身体が勝手に暴走してたとき。俺の剣を素手で止めてみせたり……。あのときの俺、一応、父親倒してたんだけど……ひょっとしてサラ、お前、俺より……強い?」
「そりゃあ、ね」
 サラはにっこりと微笑んだ。
「だってあたしは、ピアン王国の王女だもの。ピアンの王は、王族は、ピアン国民の誰よりも強くなくてはならないのよ」
「じゃあ、もし俺が、サラと本気で決闘して、サラに勝っちまったら?」
 バートの問いに、サラはすぐに答えた。
「そのときは、バートがお父さまの後を継いでピアン王になれば良いわ」
「ちょ、それは勘弁っ」
 リィルがものすごく嫌そうに言った。バートが何でだよっ、と言ってリィルを小突く。キリアは思わず吹き出した。
「キリア……他国のことだと思って」
 リィルが不満そうに言ってくる。キリアは笑いながら、バートが王になるのも案外悪くないかも、と思っていた。バートがピアン王になって、サラがピアン王妃になれば最強ではないか。バートはピアン王国を、いや、パファック大陸を救った『英雄』なのだから、王になれる資格は十分にある、……ような、気がする。
 キリアは空を見上げた。雲ひとつない、気持ちの良い青空が広がっていた。自分たちは今、いつかみたいに四人で乗用陸鳥ヴェクタに乗って街道を進んでいる。リンツに着いて、色々落ち着いたら、またいつか、みんなで旅をしたいなと思った。願わくば楽しい旅を――。

(完)



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