c h a o s II ( 4 )


「サラ……、リィル……」
 キリアは二人の名前を声に出して呼んだ。二人が、『ここ』にいる嬉しさを噛みしめながら。
「ありがとう……。二人とも元気で……ここで会えて凄く嬉しい……。私、もう少しで諦めちゃうところだった。諦めて意識を手放しちゃうところだった。私、諦めないで、足掻いてみて本当に良かった……!」
「そっか……」
 リィルがすまなそうにつぶやいた。
「キリア、ごめんな。そして、ありがとう」
「え?」
「バートのために、こんなところでこんな目に遭わせちゃって。俺がもう少し早く目が覚めていれば……」
「ううん」
 キリアは慌てて首をふった。
「そんな、水臭いこと言わないでよ。っていうか、私がこんな目に遭っているのは、自業自得っていうか、私が勝手にバートについてきちゃっただけだし……」
 そこまで言って、キリアはふと、不安に駆られた。
「バート……本当のところは、どう思ってたんだろう。バートは本当は私には、ついてきて欲しくなかったのかもしれない。すっごい迷惑に思われてたのかもしれない……。バートを助けるどころか、逆に足手まといになってたのかもしれない……」
「そんなこと、ないわ」
 きっぱりとした口調で、サラが言った。
「え」
「もしバートがひとりで”ここ”に来ていたとしたら……バートはきっと、死んでたわ」
「…………」
 サラの発言に、キリアは言葉を失ってぽかんとサラの顔を見つめた。
「確かに」
 リィルも大きくうなずいた。
「バートをひとりで”ここ”に来させるなんて、考えただけでも恐ろしいよ……。あいつ、ひとりだったら絶対自棄(ヤケ)になって何しでかすかわかんないからなー。だから……本当にありがとう、キリア。キリアも一緒に来てくれて」
 キリアはくすっと笑った。この二人にはかなわないな、と思った。この二人は本当に良く、バートのことをわかっている。そして、キリアとバートの間にある、心の溝を埋めてくれる。そんな二人の存在が、キリアは心の底から有り難かった。
「……で。そのバートのことなんだけど、」
 リィルが口を開いた。キリアは緩みかけていた口元を引き締めた。
「そうね。バート……。探さなくちゃ。私たち三人が無事で”ここ”にいること、伝えなくちゃ。四人で元の世界に帰らなくちゃ……。無事だと良いけど。無事よね、バート……」
「バートは、今どうなってるの?」
 サラが尋ねてきた。
「バートは、”ケイオス”のコアであるクラリスさんと戦ってるところだと思う。戦況は……あまり良くない感じだったけど、私、バートが負けるなんて思って無いから」
コア、……か……」
 リィルがつぶやいた。
「”ケイオス”のコアって……バートの父親さん、なんだよな……」
「そうね……」
 サラもつぶやいた。
コアを……バートのお父さまを破壊しなくちゃならないなんて、あまりにも酷だわ……」
「…………」
 キリアは言葉を失った。自分たちは、”ケイオス”の北進を止めるため、コアを破壊するため、ここに来た。しかし、コアを破壊するということは……今まで目をそむけ続けていた事実だが、そういう、ことなのだ。
「確かにクラリスさんは『敵』だけど、何か、方法ないのかしら。クラリスさんとバートが戦わなくてすむ方法……」
 と、サラは言う。
「方法かあ……。話し合い、とか?」
 と、リィル。
「とにかく、”ケイオス”が止まれば良いんだよな。コアを破壊しないで”ケイオス”を止める方法、あるかもしれない。考えてみないと」
「そうね……」
 サラも言う。
「まずは、バートと合流しないと……」
 とリィルが言いかけたとき、サラがはっ、と顔を上げた。
「サラ?」
 キリアはサラを見る。
「……誰かの、気配がするわ……」
「?! まさか、バート? どこに……」
「あっちよ!」
 キリアとリィルの手を引いて、サラは暗闇の中、迷うことなく一直線に飛んだ。三人の身体を包む黄金きん色の光が、あたりの闇を優しく照らし出す。三人は手を繋いだまま、暗闇の中を飛び続けた。
 やがて、遠くに、オレンジ色に揺らめく、炎のような光が見えた。
「? 何、あれ……」
 キリアはサラの横顔を見た。
 サラは答えず、キリアとリィルの手を引いて暗闇の中を飛び続けた。オレンジ色の光目指して、真っ直ぐに。
 そして、三人は『そこ』に辿り着いた。
「見つかってしまいましたか」
 彼はオレンジ色の光をまとって、暗闇の空間の中に立っていた。赤く長い髪、薄赤く輝く翼、ガルディアの軍服――。

 *

 自分を見つめるクラリスの目が、赤く輝き――バートはぞくりと、背筋に寒いものを感じた。
 次の瞬間、視界から青色が消えた。海の青色も、空の青色も一瞬にして消え去り、バートは完全な暗闇に包まれた。
「?!」
 隣に立っていたはずの父親も消えていた。バートが慌てて頭を巡らせると、少し離れたところに父親が立っているのが見えた。その目は不気味に赤く輝いている。表情は良くわからない。右手には、いつの間に抜いたのか剣を握っていた。
(……何故だ)
 クラリスの意識が、直接バートの頭の中に流れ込んできた。
「……え、」
(……何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故……!)
 クラリスの意識がバートの頭の中でがんがん響いた。バートが苦痛に感じるくらい、強く……
「……く、」
 バートは思わず両手で頭を押さえた。
(……何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故……!)
 バートがクラリスを見ると、クラリスは右手の剣を大きく振りかぶっているところだった。
「父……親……?」
 クラリスは何もない空間に剣を振り下ろした。
 剣が虚空を切った空間から、凄まじい業火が生まれ、バートに襲いかかってきた。バートの身体は一瞬で業火に包まれた。
「……っ!」

 *

 彼はオレンジ色の光をまとって、暗闇の空間の中に立っていた。赤く長い髪、薄赤く輝く翼、ガルディアの軍服――。
「「アビエス!」」
 リィルとキリアは同時に叫んでいた。アビエスは愉快そうな薄笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
「ピアンの王女に、リィル君に、大賢者のお孫さん、ですか――」
「……『ようこそ、ここへ』……なんてこと、言わないですよね」
 リィルは言った。アビエスはフフッと笑い声を漏らした。
「どういう意味ですか」
「貴方は一体、何者なんですか……っていう、意味です」
 リィルはアビエスの眼鏡の奥の瞳を見つめて言った。
「何者……? 見ての通り、ガルディアの将ですよ――という答えでは、いけませんか」
「でも、ただの『ガルディアの将』では、無いでしょう」
 リィルは言った。
「……フ、」
 アビエスは唇の端を持ち上げた。
「貴方は、『力』を持っていますね。多分、クラリスさんやガルディアの『王』すらも軽く越えることのできる力を。なのに、貴方はガルディアの一将の地位に甘んじている。何故なんですか」
「……大した『力』では、ありませんよ」
 と、アビエスは言った。
「私は、時空を越えて『真実』を見極められる『眼』と、どんな危機的状況においても『必ず』自らの身を守れる『力』を持っている……。それだけのことです」
「……十分、『大した力』だと思います」
 リィルは言った。



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