「キリアさん?」
済んだ男性の声にバートは振り返った。長い髪に黒い
「リスティル!」
キリアが青年の名を叫んだ。
「どうしてここに……。あ、もしかして、リスティルもピアン王に会いに?」
リスティルはええ、とうなずいた。そしてサラを見て柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりです、サラ王女。もう出歩いても大丈夫なのですね。良かった」
「ありがとうございます」
つられたようにサラも微笑んだ。
「でも……」
と言って、サラはわずかに表情を曇らせる。
「あたしは、大丈夫なんです。でも……リィル、が、まだ……」
絞り出すように、苦しそうにリィルの名を口にするサラ。バートの心がちくりと痛む。
「……あたしの所為で」
と言って、サラはうつむいた。ううん、とキリアは首を振ってサラの肩にそっと手を置く。
「リスティルさんは、どうしてここに?」
バートは尋ねてみた。
「解読、できたんです」
と、リスティル。
「わかったんです。ケイオスを止める方法が」
「本当なの?!」キリアは喜びの声を上げた。
「ちょうど良かった。私たちもピアン王に会いに行くところだったのよ。じゃあリスティルも一緒に……」
「待ってキリア」
サラがキリアを止めた。
「え?」
「わがまま……言って良い?」
サラはキリアを見て少し言いづらそうに口を開いた。
「お父様たちに会うの、もう少し、先延ばしにしたいの。お父様に会ったら、多分、色々聞かれると思うし、聞かれたら答えなきゃって思うし、だから、もう少し時間が欲しいの。心の整理をつけるための時間が」
「……そっか」
キリアが言うと、バートとリスティルもうなずいた。
*
その図書館はリンツの街外れにあった。二階建ての、決して大きいとは言えない図書館だった。ここに置いてある本は専門的過ぎて、ここを訪れる人は限られている。リスティルは特別にここの客間を借りて寝泊まりさせてもらっていた。四人はそこで話をすることにした。
小さなテーブルに、向かい合うように二人がけのソファが二つ。かたわらに小さなベッド。テーブルの上にはハードカバーの本が数冊広げられていた。リスティルはテーブルの上の本を片付けながらバートとキリアとサラにソファに座るよう勧めた。
「結論から言いましょう」
と、リスティルは語り始めた。
「ケイオスを止めるには、ケイオスを制御している存在――
「
バートは聞き返した。リスティルはええ、と頷いた。
「”ケイオス”は、あれでひとつの
「意思……」
キリアはつぶやいてバートを見た。
「キリア?」
「ねえ。もしかして……」
キリアは言いにくそうに口を開いた。
「私たちがケイオスの中で会ったあの炎。クラリスさんの声で喋ってたけど、あれが
「父親が……
バートの問いに、キリアはうなずいた。
「あの炎の言ってたこと覚えてる? クラリスさんは、ケイオスに呑み込まれたって言ってた。そして、『この大陸を、この
バートは無言でうなずき、キリアは続けた。
「それがきっと『ケイオスの意思』なのよ。この大陸を、全てを呑み込んで手に入れるのがクラリスさんの意思、すなわちケイオスの意思、なのよ……」
「ケイオスの……父親の意思……」
バートはつぶやいた。
「でもなんで……。もしそうだとしたら、なんで父親はパファック大陸の全てを手に入れたがってるんだ? それがマジでわかんねえ……。そんなことして、一体何になるってんだよ!」
「それは私にもわからない」とキリアは言う。
「でも、もし、クラリスさんの意思がパファック大陸を呑み込もうとしているのなら、阻止しなくちゃ。例えバートのお父さんの意思だとしても。だって、このままにしておくわけにはいかないもん……」
「それは、もちろん」
バートは大きくうなずいた。
「あのいかれた父親は、俺が責任持って止めてやる。
バートはエンリッジから聞いた話を三人に語った。ケイオスが北上しているらしいこと、このままだと数日後にはリンツに到着するらしいこと……
「どうせもう一度ケイオスに行って、父親に会ってくるつもりだったんだ。一刻も早く……明日の朝にでも、俺はケイオスに行ってくる。そして、父親を倒す」
「バート……」
「首都が消えて、ガルディアのやつらが消えて、最後にケイオスが消えて、俺たちが残る。長い戦いだったけれど……これで全てが、戦いも、『四大精霊の伝説』も、終わるんだ」
「――私も”ケイオス”に行く」
「な?!」
キリアのきっぱりとした声に、バートは驚いてキリアを見た。
「なんでお前まで」
「なんで驚くのよ。まさかひとりで行く気だったの?」とキリア。
「頭数は多いほうが良いでしょ。ずっと一緒に旅して戦ってきたじゃない。最後まで付き合うわよ。……ううん」
キリアは言葉を切って続けた。
「付き合わせて欲しいの。お願い」
「…………」
「……置いてったら本気で怒るからね」
キリアは低くつぶやいた。バートはふうと息をついて、隣に座るサラを見やった。サラは先ほどからうつむいて黙り込んでいる。
「サラ王女……大丈夫ですか?」
リスティルが尋ねた。サラはゆっくりと顔を上げ、力なく「はい」と答えた。