パファック大陸に伝わる、四大精霊にまつわる伝説。
精霊。土火風水の四種。人に使役されるもの。
土火風水それぞれの精霊たちを統べるもの、四種の大精霊、四大精霊。
昔も今と同じように、パファック大陸で暮らす人々の生活は精霊たちと共にあった。
二千年前、「敵」がどこからともなく現れ、パファック大陸に攻め入った。赤い翼を持つ、異形の者たち。異空間からやってきた、異世界の者。
異形の者たちは、遥か彼方の異空間から大量の兵力を送り込んできた。次々と攻め落とされ占領されていく大陸の都市。
大陸の窮地を救ったのは、四大精霊だった。伝説によると、「四大精霊が力を合わせ、異形の者たちを追い払った」と。しかし、「どうやって」追い払ったのか、真相は不明だった。その後、大精霊たちは各地で眠りについた、とされていたが、真相は不明だった。
今、二千年前と同じように、どこからともなく現れた「敵」によって、大陸の都市が二つ、陥落した。「敵」に対抗する力を手に入れるため、バートたちは四大精霊の力を手に入れる旅に出た。もちろん、二千年前の伝説のとおり、四大精霊を手に入れて、「敵」を大陸から追い払うために。
しかし、その旅は、二千年前の伝説とは違った形で幕を閉じた。四大精霊を手に入れたのは「敵」のほうだった。バートたちは一緒に旅をしてきた仲間さえも敵に奪われた。
四大精霊の力、新たなる強大な力を手に入れてしまった「敵」。大陸征服を目論む彼らとの戦いは、さらに熾烈を極めるものとなるだろう、とバートたちは覚悟した。しかし、それでも、彼らが攻撃を仕掛けてくる以上、戦わなくてはならない……
*
リンツの街、とあるホテルの応接室。
キグリスの大賢者の塔から、リスティルが来ていた。キリアからの手紙を見てリンツに駆けつけたのだという。リスティルがリンツに到着したのは、既にバートとキリアがピアン首都、敵の本拠地に向けて旅立った後だった。
ピアン王、リスティル、バート、キリア、ユーリア、ルト。六人がピアン王を囲んで応接室のテーブルについた。ピアンの軍服を着た二人の将軍、アルベルトとディオルが王のかたわらに立った。
「王に会う前に、」
と、バートとキリアはアルベルトから言われていた。
「不用意にサラ王女のことで王に謝らないで下さい。王女は自らあなたたちの旅に同行することを望んだのです。王は、王女の意思を尊重したいのです。王女が敵に連れ去られたのは、王女の責任です。……それに正直、あなたたちが謝ったところで、何の慰めにもなりませんから」
「わかりました」キリアはうなずいた。
バートとキリアはピアン王に、リンツを発ってからツバル洞窟までの旅のことを語った。扉のこと、鍵のこと、ピラキア山、大賢者の塔、コリンズ。炎、風、水の大精霊の力を手に入れたこと。そして、ツバル洞窟で突然サラが駆け出したこと。ガルディアの襲撃。洞窟の中で待ち伏せていたクラリス。クラリスはサラに”
それから、バートとキリアが体験した「黒い砂漠」のこと。ピアンの首都と王宮の消滅、一面の黒い砂漠。バートとキリアもそこに呑み込まれたが、なんとか脱出してきたこと。クラリスと名乗る、人の形をした炎のこと。
「よく、無事で戻ってきてくれた」
長い長い話が終わって、王は言った。
「黒い砂漠については、小隊を向かわせて調査にあたらせよう」
「くれぐれも気をつけて下さい」とキリアは言った。
「決して黒い砂に触れてはなりません。呑み込まれてしまうかもしれませんから」
「そのように伝えよう」
「”ケイオス”……と、言ったのですね」
リスティルが口を開いた。
「何か知ってるの? リスティル」
キリアが言うと、リスティルは一冊の古びた本をテーブルの上に置き、ページを繰った。
「その本は?」
「エニィルさんが置いていった本です」
バートの問いに、リスティルは答えた。
「作者不詳、書かれたのは千年近く前でしょうか。変わった言語で、解読に時間がかかりました。北方の中世の言語に似ていましたね。とある研究者による、二千年前の戦いについての論文のようでした」
「エニィルが?」とルト。
「ええ」リスティルはうなずいた。
「でも、直接渡されたわけではありません。黙って置いていったみたいなんです。最初は忘れ物だと思っていました。しかし、今となって思えば、私たちに読ませるために、置いていったのですね。……このような事態に備えて」
「まったく、アイツは」
ルトが微妙な表情を浮かべてため息をついた。
「どんなことが書いてあったの?」
ユーリアがリスティルに尋ねる。
「”ケイオス”について、です」
リスティルは答えた。バートとキリアは息を呑む。
*
その古い本に書かれていたことは、もう少し具体的な、二千年前の四大精霊の伝説。
大陸の者たちによって解放された四大精霊は、そのときにできた空間のひずみから、”ケイオス”を召喚した。
”ケイオス”は「敵」を呑み込み、彼らを異空間の彼方に追いやった。しかし、「敵」は消滅しても、”ケイオス”は残った。全てを呑み込んで成長する、恐るべき”混沌”が。ケイオスは止まらなかった。パファック大陸のほとんど全てを呑み込んだ。
「解読できたのはここまでです」
リスティルは本を閉じて言った。
「最初は”ケイオス”って何なのか、全くイメージできませんでした。しかし、キリアさんたちの話を聞いて、確信しました。あなたたちが見てきた黒い砂漠、それがまさしく”ケイオス”だったのだと」
「じゃあ、結局、ガルディア軍は伝説の通り、”ケイオス”に呑み込まれて消滅したってことなの?」とキリア。
「そして”ケイオス”が残った、って、まさしく今のこの状態、じゃない?」
「そうですね」リスティルは静かにうなずいた。
「四大精霊はガルディアに奪われましたが、結局、ガルディアは、四大精霊の扱いに『失敗した』のでしょう。あるいは、真実を知らなかったのか……」
「……エニィルは、それを狙っていたのかもしれないな」
ルトがぽつりと呟いた。
「ええ」リスティルもうなずいた。
「私も、そう思います」
「それ、って?」バートは聞き返す。
「つまり、エニィルさんは、最終的にはガルディアのほうに四大精霊を揃えさせようとしていたのかもしれません。そして、ガルディアに”ケイオス”を召喚させる。”ケイオス”は、ガルディアを呑み込む……」
「ちょっと待って」キリアは口を挟んだ。
「でもそれって、随分危険な賭けじゃない? 確かにガルディアは”ケイオス”に呑み込まれた。でも、そのためにサラとリィルが……。いくらエニィルさんだって二人を犠牲にしてまで……」
そこまで言って、ふとキリアは思い出した。水の大精霊”
(エニィルさんがそこまでして”
サラ王女と一緒に、自分がガルディアに捕われるために? でも、結局、エニィルは息子に”
「それで、」バートは口を開いた。
「あの”ケイオス”は、どうするんだ? その本によると、ケイオスは止まらなかったって……。パファック大陸のほとんど全てを呑み込んだって……」
「最終的には、止まったんだとは思いますが……」
リスティルは視線を落として本を見た。
「すみません、そこから先は、まだ解読できていないんです。しばらく時間を下さい。近日中には、きっと解読しますから」