帰 還 ( 2 )


 真夜中。バートはルトとエルザとフィルが眠りについたあと、仮設住宅を抜け出し、人気のない大通りをあてもなく歩いていた。あたりはしんと静まり返っていた。今夜は空気が澄んでいて、星がきれいだった。
 後ろから小走りに駆け寄ってくる足音に気が付いてバートは振り返った。
「フィル兄……」
 バートは呟く。
「バート君、どこ行くんだ、こんな真夜中に」
 追いついて軽く息を切らせながらフィルは言った。
「別に。夜の散歩」
「散歩なら付き合う。愚痴でも何でも聞いてやる。今夜くらいは本当の兄貴だと思ってさ、頼ってくれたら嬉しいよ、俺も」
「……兄ちゃん」
 バートは呟いた。二人は並んで暗い夜道を歩き出す。前にもこんなことがあったなとフィルは密かに思い出していたが口には出さなかった。
「兄ちゃん、俺さ……」
 と、バートは切り出した。
「ん?」
「ピラキア山で、”ホノオ”っつー大精霊の力を手に入れたんだ」
「うんうん」
「すっごい力だった。尽きることのない炎のエネルギー。制御できないくらいの恐ろしい力……」
「へえ……」
「でさ、俺一度、父親に負けただろ」
「ああ……うん」
「で、”ホノオ”の力を手に入れて思ったんだ。この力があれば、父親に勝てる、って……」
「……そうか」
「もう一度父親に会って剣交えるの、楽しみにしてたんだ。今度こそ絶対倒してやる、ってさ」
「うん」
「でも……父親には会ったけど、勝てなかった。剣を交えることすら、させてくれなかったんだぜ、父親は……」
「……うん」
「で、あっさり”ホノオ”の力は父親に奪われた。……要するに甘かったんだな、俺。”ホノオ”の力とかそういうんじゃなくて、もっともっと強くならねーとダメだ、アイツには勝てないって、俺は思った」
「…………」
「以上、愚痴。……なんでこんなことスラスラ言えたんだろ、驚いてる。……フィル兄だからかな」
「……ありがとな」フィルは言った。
「スッキリしたか?」
「うん」
 バートは素直にうなずいた。
「じゃ、帰ろう。帰って寝よう。疲れてるだろ?」
「うん」
 二人はいったん立ち止まってから、向きを変えて、今まで歩いてきた道を引き返し始めた。
「……エニィルさんと、リィルのことは……」
 バートはぽつりと呟いた。
「俺が謝ったところで、何にも変わらないけどさ……」
「良いんだ、バート君はそんなこと言わなくたって、考えなくたって」
 フィルは言って空を見上げる。バートもつられて空を見上げた。星々が優しく見下ろしていた。

 *

 翌日、早朝。
 キリアはユーリアの深い眠りを確認して、そっとベッドを抜け出す。サイドテーブルのメモ用紙に書き置きを残す。
 バートはフィルたちを起こさないようにそっと扉を開けて外に出る。フィル兄なら許してくれるだろうから、フィル兄の剣をこっそり持ち出して。
 二人は乗用陸鳥ヴェクタ乗り場で落ち合った。キグリスからリンツに向かう道中で、決めていたことだった。二人が別々の場所で眠ることになるかもしれないということも想定済みだった。
 ピアン王にサラのことを報告する。きっとピアン王は軍隊を動かすだろう。敵に捕らわれたサラ王女を奪回するために。それに、そもそもピアン国民が黙っていないだろう。
 しかし、ガルディアの力は得体が知れない。ましてやガルディアは四大精霊の力も手に入れている。迂闊に大軍隊を動かしてガルディアに接触すれば、こちらが大きな犠牲を払うことになりかねない。
 せめて、四大精霊の力がどういうものなのか見極めたい。そのためにバートとキリアは二人だけでガルディアの本拠地に乗り込むつもりでいる。もちろん、機会があればリィルとサラも助け出す。
「覚悟は、できてるな?」
 バートはキリアに確認する。
「とっくの昔にね」
 キリアはバートに答える。
「じゃあ」
「行きましょう」
 バートとキリアはいつもの四人乗りの乗用陸鳥ヴェクタに乗って南へ駆け出す。



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