ォォーーーン、と。荒野にオオカミの遠吠えが響き渡る。高く、長く、悲しげな声。
見渡す限りの荒野だった。土色の大地が広がっている。緑も、水の気配もない。この世の果てのような光景。
遠くの前方、東の彼方から、土ウルフたちがこちらに近付いてくるのが見えた。くすんだ毛並み。一匹一匹がかなり大きい。キリアは数を数えてみる。少なくとも、五匹。
「リィル、止めろ」
バートは
「ちょっと離れてろ。なるべく食い止めるけど、数が多い。食い止めきれないかもしれねー。そしたら全速力で逃げろ」
「だってさ」
と言って、リィルはキリアを見た。
「俺も戦うよ。キリアとサラは状況見て、ヴェクタのこと、たのむ」
「わかった」キリアはとりあえずうなずいた。
「状況見て、なんとかする。あんたらが危なくなったらちゃんと助けるから」
「了解。じゃあいくぞ、リィル」
「オッケー」
バートとリィルは駆け出した。リィルは水の精霊を呼び、土ウルフにぶつける。バートは剣を抜き放ち、斬りかかる。土ウルフたちは二人を囲み、次々と襲いかかる。
「あたしも降りて加勢したほうが良いかしら」
サラが言う。キリアは周囲の状況を見回して息を飲んだ。後方からも、土ウルフが二匹、迫ってきていた。サラもそれに気付く。キリアは少し考えてから、心を決めた。
「ちょっと賭けだけど、私の『風の刃』の射程まで近付いちゃいましょう」
キリアは言って、手綱を握ってヴェクタを走らせた。
「私がギリギリのところから『風の刃』を放つから、あとは」
「ええ。まかせて」サラはうなずいた。
二匹の土ウルフとの距離を測りながら、キリアはヴェクタの速度を落とした。意識を集中して、風の精霊を呼び、
サラはもうヴェクタから降りていた。土ウルフが地を蹴って飛びかかってくる。サラはその動きを見据えて、自分も動く。
「やあああっ!」
サラは気合の声を上げ、土ウルフに拳を打ち込んだ。土ウルフは地面に叩きつけられ、呻き声を上げる。サラは大きく息を吸い込んで、吐き出す。
ヴェクタの上でキリアもほっと息をついていた。そのとき、すぐ近くの地面が持ち上がった。キリアは驚く。土の中から巨大な
しかし、蜘蛛はヴェクタとキリアのほうには襲いかかってこなかった。八本の足で、素早い動きでまっすぐにサラと土ウルフのほうに向かう。
「サラっ!」
キリアは悲鳴を上げた。
サラは振り返って蜘蛛が迫ってきていることに気が付いた。しかし、蜘蛛はサラに襲い掛かろうとしているわけではなかった。蜘蛛はサラが倒した土ウルフに飛びかかり、牙を突きたてた。
そこから土ウルフの体内に毒液を注入して弱らせてから食らうのだろう。キリアは本で読んだことがあった。キリアは無表情でそれを眺めた。
生を得た者は、生きるために他の生を求め、同時に自らも他から求められる宿命を背負っているのだ。それが、自然の摂理。
「お疲れさま。行きましょう、サラ」
キリアはサラに声をかけた。うなずいてサラがヴェクタに乗りこんでくる。
「バートとリィルちゃんは大丈夫かしら」
と、サラが言う。
「あいつらのことだから、そう簡単にくたばってはいないと思うけど」
キリアは東に向けてヴェクタを走らせた。バートたちの戦いも終わっていた。五匹の土ウルフたちが血を流して大地に横たわっていた。どこからともなく現れた二匹の大蜘蛛が、倒れた土ウルフたちに牙を突き立てていた。
バートとリィルは少し離れたところにぐったりと座り込んでいた。二人とも腕とか肩とか足とかに傷を負っていた。土ウルフの爪や牙でやられたのだろう。あれだけの数だったのだ。
「わー。あんまり無事じゃない?もしかして」
キリアは慌ててヴェクタから飛び降りた。リィルはちらりとキリアを見て、小さく息をついた。バートはキリアのほうを見ようともせず、不機嫌な顔をして黙り込んでいる。
「どうしたの?」
何だかいつもと様子が違う二人に、キリアは心配になって声をかけた。
「余計なことしやがって」
地面を見つめたまま、バートが低く呟く。それを聞いてあからさまにリィルがむっとした。
「どっちがだよ」
「もしかして喧嘩してるの?」
珍しいなと思いながら、キリアはどちらにともなく聞いてみた。
「別に」
バートは短く答える。
「あーダメだダメだ」
リィルが首を振って明るく言った。
「ごめん、さっきのは無しで。喧嘩じゃないよな、バート?」
「ああ。別に喧嘩じゃねーし」
バートも気を取り直したように普通に言った。
「それにしても、腹減ったなあ……」
「何をのん気な。まずはさっさと怪我治してもらえって」とリィル。
「お前もな」
バートが言い返す。
「二人とも、お腹がすいてたからちょっとイライラしちゃっただけなのよね」
にこにことサラが言った。バートとリィルは思わず顔を見合わせる。
サラはコリンズで買いこんできた食糧の入った袋を手にして言った。
「まずは怪我を治して。それからご飯にしましょうか」
四人は