d e p t h ( 1 )


 バートとキリアとリィルとサラの四人は乗用陸鳥ヴェクタに乗ってコリンズを出た。エニィルが四人の前から姿を消してから丸一日が過ぎた朝だった。国境を越えてキグリス王国に入り、南東を目指す。国境を越えてまっすぐに南を目指せばキグリス首都なのだが、首都に寄ってからでは遠回りになる。目指す目的地は首都の東にある、ツバル洞窟と呼ばれる地下洞窟だった。
「やっぱり、最後の扉はこのへんにあったのね」
 キリアは地図を広げ、ツバル洞窟のあたりを指さして言った。
「やっぱりって?」とバート。
「ほら、ここがキグリス首都でしょ」
 キリアはパファック大陸の中央を指さした。
「ここが炎の扉、ここが大賢者の塔、ここがコリンズ」
「おおー」
 バートは声を上げた。土火風水、それぞれの”大精霊”が眠る扉は、キグリス首都からちょうど東南西北に同じ距離だけ進んだ地点にあった。土火風水の扉を線で結ぶと大陸に巨大な正方形がえがかれ、その中心にキグリス首都がある。
「正確に正方形だね。これはきっと偶然じゃないな」
 リィルが感心した。
「んで、いよいよ最後の大精霊、ってわけか」
 バートはサラを見た。
「エニィルさんが言っていたけれど……」
 バートに見つめられてサラは口を開いた。
「”陸土リクト”を得るにはあたしが必要って、どういうことなのかしら。まだ鍵も持っていない状態で、扉に行って大丈夫なのかしら」
「でもエニィルさんは鍵に関わるって言ってたわね」とキリア。
「案外、サラがもう持ってたりして。最初に炎の扉を開けたときだって、まさかバートの剣が鍵だったなんて思ってもみなかったんだし」
「とにかく、行ってみて開けてみりゃわかるんじゃねーか? サラが開けられりゃあ持ってたってことだろ」
「そうね、大地の扉に行ってみるしかないわね。色々不安だけど……エニィルさんいなくなっちゃったし」
「エニィルさん、一体、どうしちまったんだろうな」
「よほどのことがない限り、大精霊の力を三つも手に入れてしまった私たち四人を置いて消えちゃうなんて……」
 キリアたちは大精霊についてはほとんど何もわかっていなかった。全てを知っているようなエニィルが同行していたので、大精霊のことは全て彼に任せてしまっていたのだ。まさか、四大精霊の力を得る旅の途中で、こんな風にエニィルが姿を消すなんて考えてもみなかったのだ。エニィルがいなくなって、これからどうすれば良いのか、キリアたちは途方に暮れた。
 エニィルが消えてしまって戻ってこない。これは四人に突き付けられた動かせない事実。その意味を考えてみよう、とリィルは言った。
 エニィルが消えてしまった日の朝、リィルが帰って来た。ちょうどリィルを探しに宿屋を出ようとしていた三人と鉢合わせした。
「リィル!」
「リィルちゃん! 無事だったのね!」
「今までどこで何してたんだよ」
 キリアとサラとバートはリィルを囲んで口々に言った。
「心配かけてごめん」リィルは謝った。
「俺、眠ってたみたいで」
「眠ってた?」バートは怪訝な顔をした。
「うん。長い夢を見ていた」
「夢……」
 キリアは呟いてリィルに言った。
「リィル。最初から喋ってほしいんだけど。あなたが体験したこと全部」
「そうだね……。覚えてる範囲で」
 リィルは湖でバートとサラが消えたことは覚えていた。キリアと別れてボートで湖に漕ぎ出したことも覚えていた。
「そこから先の記憶が曖昧なんだ。ごめん」
 と、リィルは言う。
「ええっ、覚えてないの? 私もバートもサラも『迷宮』で起こった出来事はしっかり覚えてるわよ」
「うん、なんか、目が覚めたらさっきまで見てた夢に手が届きそうで届かない、みたいな感じで。あ、でも断片的には覚えてる」
「どんなことを?」
「その夢にはキリアが出てきたような気がする。バートも」
「あたしは?」とサラ。
「サラは……どうだったかな。そして、最後に父さんが出てきた」
 夢じゃなかったのかもしれない、とリィルは確認するように呟いた。上着のポケットの中から小さな鏡を取り出す。それを見て三人は息を飲んだ。
「リィル、それって」
「例の、大精霊の鏡だよな」
 うん、とリィルはうなずいた。
「父さんが、俺にこれを渡して、後のことは頼むよ、って言って」
「リィル……」
 キリアは口を開いた。
「私が見た夢の中ではね、あなたとエニィルさんが大精霊”流水ルスイ”の力をめぐって戦ってたのよ」
「俺と父さんが?!」リィルは声を上げた。
「……ああ、でも、うん、わかるな……。で、どっちが勝った……って聞くまでもないか。父さんだろ?」
「確かにあなたが一方的にボコボコにされてたわねー」
 無事な本人を目の前にして、キリアは苦笑した。
「でも、あなた達の戦いは最後まで見届けられなかったの。私もエニィルさんの攻撃を受けて気を失っちゃったから。それで気がついたら、ベンチのところに座ってて」
 次にバートとサラが迷宮で体験してきたことを語った。サラは最後に、エニィルとレティと穴のことを話した。
「エニィルさんは大精霊”流水ルスイ”の力を手に入れてきたって言って、あたしにその鏡を見せてくれたの」
「で、サラとエニィルさんとレティさんが迷宮から帰ってきて、」
 と、キリアが続ける。
「私聞いてみたんだけど、私が見た、あなたと戦ってたエニィルさんは幻だったっていうのよね。……だから私が見たあなたも幻だったのかもしれない」
 エニィルさんが嘘言ってて、両方とも本物だったのかもしれないけれど、とキリアは言う。
「肝心のあなたが記憶無くしちゃってるんなら……どうしようもない、か」
「…………」
 リィルはしばらく黙り込んで考えてから、父さんは今どこに?と尋ねた。
「俺が朝起きたら部屋にはいなかったぜ」
 と、バートは答える。
「エニィルさんいなかったけどあんま気にしなかった。俺たちは三人でお前を探しに行くつもりだったから」
 バートは昨夜のエニィルとのやりとりをリィルに話した。
「そうか……」リィルは呟いた。
「嫌な予感がする。父さんを探そう。とりあえずレティさんのところへ行こう」
 嘘だ、とリィルは思った。予感ではなくて確信だ。エニィルは多分、『ここ』にはいない。あのとき、エニィルはリィルに「さよなら」、と言ったのだ。永遠の別れみたいな言い方で。
 四人はレティスバーグ博士の研究所を訪ねた。そこにエニィルの姿はなかった。四人はレティに彼がいなくなったことを話し、彼の行方について心当たりがないか尋ねた。レティは唇を結んで黙っていた。
 突然、その両の瞳から透明な涙が流れ落ちた。
「すまない……」
 レティは苦しそうに言った。
「混乱しているんだ。あまりに突然で、私も、受け入れられなくて……」
 しばらくレティは声もなく涙を流し続けた。
「知っているんですね、エニィルさんのこと」
 キリアは静かに尋ねた。レティはうなずいた。
「何故泣いているんですか? ……悲しいことが、起きたのですか」
 サラが尋ねる。
 レティは黙っていた。何と答えれば良いのか、という表情だった。
「今まで俺たちと一緒に旅してたんだ。リィルの父ちゃんなんだ。話してくれ、一体エニィルさんはどうしたんだ!」
「私の口からは、言えません」
「……何っ?」
「待ってバート」
 バートが感情を爆発させそうになったのを察して、慌ててキリアはバートを止めた。
「レティさんを責めないで。話したくないことは話さなくたって良いと思う。その権利は誰にでもある。それを無理やり聞き出しちゃったら、きっと辛くなる。話すほうも、聞くほうも、お互いに」
「でもキリア、状況が状況なんだぜ」
「それはレティさんだってわかってるはず」
「リィルちゃんは?」
 サラがリィルに問いかけた。
「リィルちゃんは、良いの? それで」
「うん」
 リィルはすぐにうなずいた。
「俺は、父さんのこと信じてるから。いつか、きっと、それがわかるときがくる。それは今じゃないんだ」
 伝言があります、とレティは言った。
『本気で会おうと思うのなら、会えないことは、ない』
「レティさん……」
「今はそれ以上は、言えません。……健闘を、祈ります」
 四人は研究所を後にした。これからどうしよう、ということになった。
「私たちに、できることと言ったら……」
 キリアは声に出して言ってみた。
「大地の、扉?」とサラが言う。
「うん、それしかないと思う」リィルはうなずいた。
「それが、父さんが残してくれたメッセージ、というか、俺たちが進むべき道、なんだと思う。サラが鍵と関わりあるってヒントも残してくれたし」
「てことは、大地の扉に行けば、エニィルさんに会えるかも、ってことか?」
 バートはリィルに問いかけた。
「うーん。会えるかどうかはわからないけれど……、父さんが消えてしまった謎は少しは解けるかもしれない」
 四人はコリンズで一日だけ待ってみることにした。ひょっとしたらエニィルが気が変わって帰ってくるかもしれない。可能性は限りなく低いが。それに、四人には大地の扉に急ぐ理由もなかった。
 しかし、やはりエニィルは現れなかった。エニィルの手掛かりは全くつかめないまま、誰も何の夢も見ずに次の日の朝がやってきた。エニィルに近付くためには、こちらから大精霊に近付いてみるしかない、ということなのだろうか。
 それがきっとメッセージなんだとリィルは受け取った。



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