炎 の 扉 II ( 1 )


 バート、リィル、キリア、サラ、エニィルの五人は、ピアンとキグリスの国境、ピラキア山の『大精霊”ホノオ”の眠る地』に来ていた。切り立った高い崖の岩肌に、金属製の古びた『扉』がはめ込まれている。バートが取っ手を握って手前に引くと、扉はあっさりと動いた。しかし、この扉は、キリアとリィルとサラには動かせなかった扉だった。バートだけが開けられる扉なのだ。
 バートは手を離して振り返った。視線の先――キリア、リィル、サラの少し前には、黒いスーツを着た男性――リィルの父エニィルが立っている。
「すごいなあ」
 エニィルは穏やかな調子で呟いた。
「そうか? 別に俺、大したことやってねーけど……」
 バートは複雑な表情になって首を傾げる。
「じゃあ入ろうか、バート君」
 エニィルはバートに声をかけた。振り返って、「君達はどうする?」と、キリアたち三人にも問いかけてくる。
「もちろん入ります」
「私も」
 サラに被せるようにキリアの声が重なった。思わず二人で顔を見合わせて、軽くうなずきあう。
「リィルは?」
 キリアはリィルに尋ねてみた。以前ここに来たとき、彼は扉の中に入ることを躊躇し、結局入らなかったのだ。
「俺は……」
 リィルが言いかけたとき、エニィルが掲げた右手の指をぱちん、と鳴らした。その指の先の虚空が青く輝き始め、集まった光が次第に何かを形作る。そして、それは一羽の青い小鳥となった。その「不意打ち」には、キリアはびっくりして息を呑んで見守るしかなかった。青い小鳥は羽ばたいてエニィルの手を離れ、リィルの肩に下り立った。
「これで大丈夫」エニィルは息子に微笑んだ。
「また置いてきぼりは嫌だろう?」
「すっごー……い……。手品みたい……!」
 サラが感動の呟きを漏らした。
「でも、本当に大丈夫なの、これで……」
 キリアはリィルの肩の青い小鳥にそっと手を伸ばした。青い小鳥はひんやりとした空気をまとっている。触れたら飛び立ってしまいそうで、それ以上は近づけない。
「父さんが言うんなら、大丈夫だよ」
 リィルは自信を持って答えた。
 バートを先頭に、エニィル、サラ、キリア、リィルの順で扉の中に入り、通路を進んでいった。先頭のバートがランプを掲げて歩いた。前のときと同じで、中は凄い熱気だった。だんだん汗が吹き出てくる。
「リィル、大丈夫か?」
 先頭のバートが後ろに向けて問いかけた。
「なんとか」リィルは短く答えた。
 しばらく進むと、通路は行き止まりになっていた。さっきと同じような金属製の扉に行く手を阻まれている。バートは手を伸ばしてその扉を開けた。やはりあっさりと扉は開いた。
 途端に通路がまぶしい光に照らし出された。扉の向こうは明るかった。
 そこは、四方を石の壁に囲まれた「部屋」だった。高い石の壁にはぎっしりと「文字」が掘り込まれていた。古代語に似ているようだったが、キリアには解読できない。高い天井から光が降り注いでいた。
 そして、部屋の中央には、この世のものとは思えない、奇妙な物体モノが、あった。粘土で適当に作った像に、何本もの管を突き刺し、いくつもの石を埋め込んだような。それは薄赤く輝き、凄まじい熱を発していた。
「エニィルさん」キリアは口を開いた。
「これが、大精霊”ホノオ”なんですね?」
「そうだよ」
 エニィルは答えて、周囲の壁を見渡した。刻まれた文字を目で追っているようだった。
「読めるんですか?」キリアは尋ねた。
「うん」エニィルはうなずいた。
「これは、『超古代語』だね」
「超、古代語……?」
 キリアは聞き慣れない言葉を繰り返した。
「……『超古代』って時代が、あったんですね。『古代』より、さらに昔に……?」
「そうだよ」エニィルはうなずいた。
「じゃあ、これは……」
 キリアは奇妙な物体モノ――大精霊”ホノオ”に目を移した。
「超古代のもの、なんですか?」
「そう。四大精霊の伝説の、二千年よりも遥か昔の、遺産……」
「遺産……」
 キリアはエニィルの言葉をもう一度呟いてみた。エニィルさんは本当に何でも知っているんだな、と思った。
「じゃあ、バート君。良いね?」
 エニィルに言われて、バートは緊張した面持ちでうなずいた。キリアもエニィルから話は聞いていた。バートが扉を開けてここに入ったのは、大精霊”ホノオ”の力を、『鍵』である剣に『宿す』ためなのだ。
「で。俺は何をどうすれば良いんですか?」
 バートに尋ねられて、エニィルは説明を始めた。
「剣を抜いて、この像にこうやって、かざすんだ。両手でしっかり握ってて。離さないように」
 エニィルは奇妙な像に触れながら言った。
「熱くないんですか?」
 サラが心配そうに尋ねた。リィルはその像には近付きたくもないらしく、かなり離れたところから見守っている。
「このくらい何てことないよ。……バート君に比べたら」
 エニィルの穏やかな微笑が消えた。いくよ、と言って、エニィルは像に埋め込まれている石のひとつををぐっと押し込んだ。
 その瞬間、ものすごい閃光が剣とバートを貫いた。

 *

「っ!」
 バートの全身を衝撃が貫いた。あまりの衝撃に声も出なかった。
 どくん、と自らの鼓動が聞こえた。熱い血液が体中を駆け巡っている感覚。熱い……!
(両手でしっかり握ってて。離さないように)
 とエニィルが言っていた。全身が熱く、気が遠くなりそうだったが、バートは剣を握りしめる両手に力をこめた。
(……これ、って……)
 似てる、と、バートは思った。前にも確か、こんなことが……。あれは、
(……父、親……?)

(バートは、オレの息子。ガルディアの血からは、逃れられない)

(貴方には……クラリス様の血が……流れているのね……)

(まだ扱い方がわからないのね……。フフフ、わたくしが教えて差し上げましょうか……?)

(扱い方……? 何、の……?)
 ――どくん。
「う……あ、あああああ!」
 バートは絶叫していた。そして、目の前が真っ暗になった。



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