北 へ 、再 び ( 2 )


 ユーリアとバートが地下牢でファオミンに会ってから数日後。
「旅に出ようと思うんだ」
 宿屋の食堂でエニィルは切り出した。テーブルにはエニィルとユーリア、バート、エルザ・フィル・リィルの三姉弟、エニィルに呼び出されたキリア、そしてピアン王女サラが席についていた。
「旅というと……?」
 フィルが父の顔を見る。
「伝説の、四大精霊の力を得る、旅」
「伝説の……!」
 サラが顔を輝かせた。キリアも興味深そうな眼差しをエニィルに向ける。
「旅の話の前に、」と、エニィルは口を開いた。
「ちょっと長い話になるかもしれないけれど、僕が知っていることを色々話しておこうと思う。でも、最初に言っておくけれど、僕が知っていること全てを今ここで話すつもりはない。あまり一度にたくさん話しても消化しきれないだろうし、知らないほうが良いこともあるから。そういうことは、時機が来たら追い追い話していこうと思う」
 エニィルを囲む七人はうなずいた。
「ええと、じゃあ、まず、僕について。フィルとリィルには少し話したけど、」
 エニィルは息子たちをちらりと見やって言った。
「僕は、この大陸の生まれでは無い。出身は大陸の北部、コルシカ王国ってことにしておいたけど、本当は、もっと北なんだ。パファック大陸の最北よりもっと北、海を越えた、遥か彼方――」
「……初めて聞いたわ、それ」
 エルザがぽつりと呟く。
「ごめんごめん。……で、僕は若い頃、『そこ』からひとりで、この大陸に来たんだ。『リープ』っていう技術を使って。『リープ』は未だ実験中の技術で失敗したら命は無いくらいの危険な技術なんだけど……、それでも僕は、『ここ』に来てみたかったんだ」
 若かったからなあ、と言って、エニィルは照れたように笑う。
「『リープ』って……」
 キリアはエニィルを見る。
「ああ、空間を一気に跳び越して移動する技術のこと。どんなに長距離でも一瞬で移動できるんだ。便利に思えるかもしれないけれど、それ以上に危険も伴う。少なくとも、僕がいたところではそういう技術だった。パファックには無いよね、この技術。こっそり研究している人はいるかもしれないけれど、表沙汰にはなっていないみたいだ」
「ああ、確かに初めて聞いたぜ。そういう技術」
 とバートは言う。
「でも、多分、ガルディアには、『リープ』技術が、ある。それもかなり発達している」
「……そっか」と、リィルが口を開いた。
「『異世界から来た』って言われているガルディアだけど、それって『リープ』でパファックに来たってことなんだね。……あ、じゃあクラリスさんがパファックに来たのも父さんと同じで……『リープ』?」
「多分ね」エニィルはうなずいた。
「クラリスから直接聞いたわけじゃないけど、多分」
「……エニィルさんと、クラリスさんって……」
 キリアは小さく呟く。
「?」
 エニィルに見つめられて、キリアはううん、と慌てて首を振った。
「とにかく、ガルディアは『リープ』技術でパファックに大量の兵力を送り込んできているんだ。ピアン首都も陥落した。このままだと、リンツ(ここ)が落ちるのも時間の問題かもしれない。もう、一刻の猶予も無いんだ」
 だから旅に出ようと思うんだ、とエニィルは告げた。
「パファック側としては、伝説の四大精霊の力を手に入れて、ガルディアに対抗しなくてはならない」
 ええ、とサラが真剣な表情でうなずく。
「でも、どうやって?」
 バートはエニィルに尋ねてみる。
「バート君は、大精霊”ホノオ”に会ったと言っていたね」
「ああ。でも、本当に見てきただけだったんだぜ。力は手に入れてねーと思う」
「まあ、力を手に入れるには『やり方』があるからね……。パファックでは、あまり詳しい『四大精霊の伝説』は伝わっていないんだろう?」
「ええ……確かに」
 サラはうなずいた。
「二千年前に異世界から謎の敵が攻めてきて、大陸側は四大精霊の力を借りて、やつらを追い払った、ってことくらいしか……。四体の大精霊――”ホノオ”、”流水ルスイ”、”風雅フウガ”、”陸土リクト”――についても、”ホノオ”以外は居場所すらわからないんです」
「僕はもう少し詳しい『四大精霊の伝説』を知っている」
 と、エニィルは言った。
「”ホノオ”以外の三体の大精霊の居場所も、知っている」
「「ええっ!」」
 サラとキリアの声が重なった。
「大精霊に会って力を手に入れるためには、対応する『鍵』が必要になるわけなんだけど、バート君はその『鍵』を持っていたんだ。だから”ホノオ”の扉を開けられたんだよ」
「鍵……?」バートは首を傾げる。
「クラリスに貰った『剣』のことだよ」
「あの剣が?」
「あの剣、クラリスさんに貰ったの?」
 キリアはバートに尋ねる。
「ああ。大昔にな」とバートはうなずく。
「ってことは……、『鍵』のひとつはガルディアが所有していたんですね」
 と、キリアは言った。
「でも、なんでクラリスさんはそれをバートに……」
 キリアの言葉を聞いて、バートの母ユーリアが顔を上げた。
「あの人は、きっと自信あったのよ。バートがガルディアに――自分のもとに来るって、そう信じて疑ってなかったのよ」
「マジでか?」
 バートは驚いたように母親を見た。
「何考えてんだよあの父親は。そんなことこの世がひっくり返ってもあるかよ。俺はピアンの人間だ!」
「普通に考えたらそうよね。バートは生まれも育ちもここピアンだもの。ピアン王宮にも良く出入りしていたし、王女のサラちゃんとだって付き合い長いし。でも、あの人は普通じゃないから……」
 ユーリアは寂しそうに笑った。
「だから、一番大切なものを息子に託して……あ、でも、私らにしてみればラッキーだったわよね。残りの鍵も、全部『こっち』にあるんでしょ?」
「え? そうなのか、親父?」
 フィルは父を見た。
「じゃあ、結局、本物の『水』の鍵は……。今は行方不明のお袋が持っているのか?」
「それはまだ企業秘密ってことで」
 エニィルは意味ありげに微笑んだ。
 エニィルの一家は水の鍵を持っていたので真っ先にガルディアに狙われたのだという。エニィルは敵の目を欺くために、精巧な鍵の偽物を作り家族に託した。結局、彼の一家は母ルトレインを除いて敵に捕まってしまったので、本物か偽物かわからない三つの「鍵」はガルディアに奪われたままだった。
「ここから一番近い大精霊は”ホノオ”だから、まずはピラキア山脈に行って、大精霊”ホノオ”の力を手に入れよう。バート君、一緒に来てくれるね?」
「あ、はい」
 エニィルに言われて、バートはうなずいた。
「その次はどうするの?」
 ユーリアが尋ねる。
「”ホノオ”の次は、西風の塔――キグリスの大賢者様の塔に行こうと思ってる」
「塔に?」キリアは思わず声を上げた。
「キリアちゃん」
 エニィルはキリアを見て言った。
「大賢者キルディアス――君のおじいさんのもとへ、案内してくれないかな」
「は……はいっ」
 キリアは緊張しながらも答えた。
 西風の塔、とエニィルは言った。キリアも聞いたことがある。大賢者の塔、別名、西風の塔。ということは……
(あの塔には、大精霊”風雅フウガ”に関わる何かがあるってこと?)
 あり得なくはない話だったが、もしそうだったとしたら、あんなに長いことあの塔にいて自分は何も知らされていなかったことになる。
「その次のことは考えてたりするの?」
 とユーリア。
「うーん、先に『水』に行くか、『大地』に行くか。まあ、塔に行くってことは、水も大地も『鍵』は手に入ってるってことだから……」
「あの……エニィルさん」
 サラが遠慮がちに口を開いた。
「その四大精霊巡りの旅なんですけど……あたしも連れて行って貰えませんか?」
「ええ?!」
 大声を上げたのはバートだった。何よ、悪い?、というようにサラが軽くにらむ。
 キリアはサラの気持ちがわからないでもなかったから複雑な気持ちだった。サラは四大精霊の伝説に興味を持っていたし、それより何よりバートと別れたくない、というのがあるのだろう。しかし、サラはピアン王国の王女なのだ。一国の王女を、この旅に同行させることができるのだろうか。今までの「旅」とはわけが違うのだ。
「良いよ」
 キリアの心配をあっさり覆してエニィルは言った。
「もちろん、そのつもりだったし」
「ありがとうございます」
 サラは言って、顔を輝かせた。
「父さん」と、リィルが口を開く。
「そのメンバーで俺だけ置いてきぼりってことはないよね?」
「うん、良いよ、リィルも来て」
「やった」
 リィルが喜びの声を上げ、キリアもほっとしていた。また、四人一緒に旅ができるのだ。一人も欠けることなく。
「じゃあ、私も行こっかなー」
 ユーリアが軽い口調で言う。
「げっ。何でだよ母親。来なくていーって」
 バートは顔をしかめた。
「だって、何だか面白そうじゃない」
「ごめん……。ユーリアは来ないで欲しいな」
 エニィルは許しを請うように手を合わせた。
「ははっ、わーかってるわよ、言ってみただけ」
 ユーリアは微笑んだ。
「要するに少数精鋭ってことでしょ?」
「あんまり大人数になると動き辛いからね。それにユーリア達には、いつでも連絡の取れるようなところで待機していて欲しいんだ。いざってときのために」
「オーケイ。余計な気は使わせないわよ」
「悪いね」
「じゃあ、俺は?」とフィルが口を開く。
「フィルとエルザにも、ユーリアと一緒に待機しててもらおうと思ってるんだけど」
「そうか……」
 フィルは小さく呟いて、ため息をついた。そのリィルに良く似た顔立ちを眺めていたら、ふと、フィルもこちらを見て目が合ってしまった。キリアは何となく気まずくなって慌てて目をそらした。



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