動 か す 力 ( 5 )


 食事を終え、エニィルとフィルは席を立ってテーブルを片付け始めた。リィルも手伝おうと思い立ち上がろうとしたが、兄に「お前は良いから座ってろ」と言われたので、大人しく席に座っていることにした。
「そう言えば、」と、リィルは口を開いた。
「父さんも、俺に聞きたいことがあるんだっけ」
「ああ、そう言えば」
「何?」
「一応聞いておこうかなって。リィルは何で、僕たちが『ここ』にいる、ってわかったのかな?」
「あ、それは俺も聞きたい」とフィルも言う。
「カン」
 リィルが言うと、フィルが不満そうに言い返してきた。
「何だよそれ……。カンが外れてたらどうする気だったんだ」
「バートが姉貴に会ったって話は前に言ったよね」
 リィルは父と兄に、そのときの状況を簡単に語る。
「へえ……、クラリスがバート君に会いに……それにエルザが同行してた……と」
「知ってた? 父さん」
「いや、初耳」
「それにしてもガルディアの連中、よくエルザを外に出したよな」
 と言って、フィルは小さく笑った。
「自分のとこに置いといても百害あって一利なしって気付いたからかな」
「……さり気なく凄いこと言ったね、兄貴。後で姉貴に密告して良い?」
「余計なことは良いから」
「ああ……それでリィルは、気付いたんだね」
 エニィルが言った。
「どういうことだ? オヤジ」
「つまり。『僕たちを』捕らえているから、ガルディアは安心してエルザを外に出せる――と、そう読んだんだね? リィル」
「ははあ……そういうことか」とフィルは頷いた。
「お互い、あんま好き勝手できない状況なんだね……。ガルディアだって、姉貴が本気で寝返ったのか、フリしてるだけなのか半信半疑なんだろ?」
「エルザの本心は僕にだって読めないし」
 エニィルが笑って言う。
「でも、まあ……エルザには、エルザのやりたいようにやって貰うしかないね。あの子なら、きっと、大丈夫だから」
「確かに」フィルも笑った。
「で、」エニィルはリィルを見て言う。「続きは?」
「続き?」
「それだけじゃないだろう、理由は」
「……やっぱりお見通しかあ、父さんは」
「そりゃあ」エニィルは微笑む。
「クラリスだって、バート君の居場所が、わかったんだから」
「あ、てことは――」
「僕もわかったよ、リィルが来たことは」
「あはは……そっかあ」リィルは笑った。
「オイ、なに二人で別次元の話してるんだ」
 フィルは父と弟を交互に見て、首を傾げた。

 *

 ピアン王宮の医務室で、バートの母ユーリアは、腕組みをしてベッドのかたわらに立っていた。
「バっカねぇ……」
 自分の一人息子を見下ろして、呆れたように呟く。それから語気を強めて一気に言った。
「勝てるわけないじゃない! 本気で勝つつもりだったの?! 相手は……『クラリス』よ! ピアンで最強の将軍って言われてた! 今だってガルディアの第二部隊・隊長なのよ!」
「…………」
 ベッドに横たわる彼女の息子は、面倒くさそうにユーリアを見上げた。
「俺は、勝つ、つもりだったぜ。負けるってわかってて戦いに挑むほどバカじゃねーからな」
「負けたじゃない! それはアンタがバカだからよ!」
 ユーリアはすぐに言い返す。
「あーもーバカバカ言うな! だって、おっかしーんだよ。絶対勝てると思ったのに……」
「アンタ……」
 ユーリアは呆れて、ため息をついた。
「正真正銘のバカよっ! アンタをそんな子に育てた覚えはないわっ!」
 言い捨てると、ユーリアは足音を響かせて廊下に向かった。部屋を出て、振り返らずに扉を閉める。
 ユーリアが医務室を出て行き、バートは一人、ベッドの中に取り残された。
「ちっくしょーー……」
 天井を見上げ、バートはクラリスの顔を思い浮かべながら小声でうめいた。怒りに任せて父親に決闘を挑み、あっさり返り討ちに遭ったのも悔しいが、母親が言うには、リィルも重傷を負ってフィル兄たちのところに運び込まれたというではないか。
(父親……ウィンズムだけじゃなく、リィルまで傷つけやがった……。エニィルさんに何て言って謝ったら良いんだよ……)
 バートはゆっくりと上半身を起こしてみた。斬られた胸のあたりが多少痛むが、動けないほどではない。
(とにかく、いつまでもこんなところに寝てられるかってんだ!)
 バートは冷たい床の上に足を下ろし、ベッドに手をついて立ち上がった。



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