動 か す 力 ( 3 )


 長い長い夢を見ていたようだった。気がついたら、見知らぬ小屋のベッドの中で寝ていた。
「あ。生きてる……」
 リィルは呟いた。ひたいの熱さを感じ、両(てのひら)を額に押し付けた。冷たくはなかったが、そこから熱が発散していくようで、少し気持ちが落ち着いた。
「リィル?」
 兄のフィルが駆け寄って来た。二言三言言葉を交わした後、兄はお粥持って来るから待ってろよ、とか何とか言いながら、再び視界から姿を消した。
 そういえば、ひどくお腹が空いていた。

 *

「俺……三途の川に、片足突っ込んでたのかなあ……」
 ベッドで上半身を起こし、魚の切り身の入ったお粥を口に運びながら、リィルは呟いた。
「あのなあ……」
 フィルは泣きそうな顔になって、がっくりと肩を落とした。
「冗談でもそんなこと言うな! こっちがどんだけ心配したと思ってるんだ!」
「冗談じゃないってば」大真面目にリィルは言った。
「いや、初体験だよ。『死』をあんな身近に感じたのって。『死』って……全ての苦しみから解放された、安らかな世界なんだろうなって……実感しちゃった」
「その若さでそんなん実感するな!」
 フィルは力いっぱい叫んで、ため息をついた。
「ところで父さんの姿が見えないけれど」
「オヤジはちょっと出てる。っつーか……なんでオヤジも捕まってるって知ってるんだ? お前一体何しに……」
「俺、『ここ』に捕まってる家族みんなを助け出しに来たんだ」
 と、リィルは答えた。
「バート君と一緒にか?」
「バートが来たのは別件。……バートは、無事に捕まってる?」
 リィルは草むらに倒れたバートの姿を思い出して尋ねた。
「ああ、無事だって言ってた、エルザが」
「……そっか。良かった」
 リィルはふぅ、と息をついた。
「しっかし……無茶するよな、お前」
 フィルは呆れたように笑った。
「いっくら俺たちが捕まってるからって、ホントに敵の本拠地に乗り込んでくるとは」
「ははは……だって、こうでもしなきゃ会えないじゃんか」
「今まで、どこで何してたんだ? オフクロには会ったのか?」
「母さんには会ってない。俺、てっきりみんな、あちこちに潜伏してると思って、家族を探す旅に出てたんだけど……」
「旅に?!」
「うん。バートと……色々あってピアン王女と、キグリスの女の子と」
「ピアン王女と、キグリスの……?」
「ピアン王女――サラがさあ、キグリス首都まで行きたいって言って、俺たち護衛してたんだ。俺はついでに各地に散ってるはずの家族みんなに会えれば良いなって。けど、旅の途中でバートが姉貴に会ったって聞いて……ちらっと思ったんだ。もしかしたら、みんなも既に、ガルディアに捕まってるんじゃないかって」
「……待て。バート君がエルザに会った?」
「だったらガルディア本拠地に乗り込んだ方が早いなって思って、サラをキグリス首都まで送り届けてからピアン(こっち)に戻ってこようと思ってたんだけど……。途中でピアン首都もガルディアの手に落ちたって聞いて。それでみんなで慌てて戻ってきたんだ。で、クラリスさんをブチのめすって聞かなかったバートと一緒にここに来たってわけ。……これでだいたいわかった?」
「…………」
 フィルは混乱した頭を整理させようと、視線を落として考え込んだ。
「お前の話には……ツッコミどころが多すぎるんだが……」
「お粥、ごちそうさま」
 リィルは空になった器をフィルに差し出した。
「お、キレイに食ったな。食欲はあるんだな」
 と言って、フィルは器を受け取る。
「ありがとう。お腹空いて死にそうだったんだ」
 そう言って、リィルは仰向けになって目を閉じた。
「リィルっ」
「お腹いっぱいになったら眠くなって。ごめん……」
 目を閉じたまま、小さな声で、リィルは呟く。
「イヤ、良いって。今は寝ときな。話はあとでゆっくり聞かせて貰うから」
 きっと、喋りすぎて疲れたのだろう、とフィルは思った。リィルはまだ本調子ではなさそうだ。
(でも……リィルが目覚めてくれて良かった)
 フィルはほっと息をつく。
(……これでオヤジが帰ってきてくれれば)
 フィルは自分の器にリィルの器を重ねると、立ち上がって流し台に向かった。

 *

 フィルがテーブルに肩肘をついてうつらうつらしていると、がちゃり、と、扉の開く音が聞こえた。
「オヤジ?!」
 フィルは立ち上がり、玄関へ走る。
「ただいま」
 エニィルはフィルを見て微笑むと、テーブルへと歩いた。
「リィルは?」とエニィルが尋ねてくる。
「あ、さっき目ぇ覚まして、お粥平らげて今は寝てる」
「そうか。じゃあもう心配ないね。良かった」
「ああ。本当に」
 言いながら、フィルは台所からお粥の入った器を持ってきて、エニィルの前に置いた。
「……水加減失敗した?」
 どろどろの米を見て、エニィルがフィルに尋ねる。しまった、やっぱ手ぇ抜かずにちゃんと炊けば良かった……と、フィルは後悔した。
 エニィルはそれ以上は突っ込まずに、粥を食べ始めた。フィルはそんな父をじっと見守る。
「……?」
 フィルの視線に気付いて、エニィルは顔を上げた。
「オヤジ……」
 フィルは遠慮がちに口を開いた。
「今日は……何もされなかったのか……?」
「何も?」
「ガルディアのヤツらに呼び出されて……その、良くある……自白剤とか……拷問とか……」
 想像したくもない言葉を口にしながら、フィルの声は段々小さくなっていった。
「そんな心配してたのか」
 エニィルはふう、と息をつく。
「極めて平和的な話し合いだよ。……まあ、いくら話し合ったって平行線だけど」
「あのな……オヤジ」
「ん?」
「一応、はっきり言っておきたいんだが」
 フィルは震えそうになる声をこらえながら、言った。
「何度ヤツらに聞かれたって、言っちゃいけないことは言わなくて良いから……。例え、俺の命を盾にされたって……」
「フィル…………」
 かたん、と音を立てて、粥の入った器がテーブルに置かれた。
「俺は、覚悟はできてるから……」



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