長い長い夢を見ていたようだった。気がついたら、見知らぬ小屋のベッドの中で寝ていた。
「あ。生きてる……」
リィルは呟いた。
「リィル?」
兄のフィルが駆け寄って来た。二言三言言葉を交わした後、兄はお粥持って来るから待ってろよ、とか何とか言いながら、再び視界から姿を消した。
そういえば、ひどくお腹が空いていた。
*
「俺……三途の川に、片足突っ込んでたのかなあ……」
ベッドで上半身を起こし、魚の切り身の入ったお粥を口に運びながら、リィルは呟いた。
「あのなあ……」
フィルは泣きそうな顔になって、がっくりと肩を落とした。
「冗談でもそんなこと言うな! こっちがどんだけ心配したと思ってるんだ!」
「冗談じゃないってば」大真面目にリィルは言った。
「いや、初体験だよ。『死』をあんな身近に感じたのって。『死』って……全ての苦しみから解放された、安らかな世界なんだろうなって……実感しちゃった」
「その若さでそんなん実感するな!」
フィルは力いっぱい叫んで、ため息をついた。
「ところで父さんの姿が見えないけれど」
「オヤジはちょっと出てる。っつーか……なんでオヤジも捕まってるって知ってるんだ? お前一体何しに……」
「俺、『ここ』に捕まってる
と、リィルは答えた。
「バート君と一緒にか?」
「バートが来たのは別件。……バートは、無事に捕まってる?」
リィルは草むらに倒れたバートの姿を思い出して尋ねた。
「ああ、無事だって言ってた、エルザが」
「……そっか。良かった」
リィルはふぅ、と息をついた。
「しっかし……無茶するよな、お前」
フィルは呆れたように笑った。
「いっくら俺たちが捕まってるからって、ホントに敵の本拠地に乗り込んでくるとは」
「ははは……だって、こうでもしなきゃ会えないじゃんか」
「今まで、どこで何してたんだ? オフクロには会ったのか?」
「母さんには会ってない。俺、てっきりみんな、あちこちに潜伏してると思って、家族を探す旅に出てたんだけど……」
「旅に?!」
「うん。バートと……色々あってピアン王女と、キグリスの女の子と」
「ピアン王女と、キグリスの……?」
「ピアン王女――サラがさあ、キグリス首都まで行きたいって言って、俺たち護衛してたんだ。俺はついでに各地に散ってるはずの
「……待て。バート君がエルザに会った?」
「だったらガルディア本拠地に乗り込んだ方が早いなって思って、サラをキグリス首都まで送り届けてから
「…………」
フィルは混乱した頭を整理させようと、視線を落として考え込んだ。
「お前の話には……ツッコミどころが多すぎるんだが……」
「お粥、ごちそうさま」
リィルは空になった器をフィルに差し出した。
「お、キレイに食ったな。食欲はあるんだな」
と言って、フィルは器を受け取る。
「ありがとう。お腹空いて死にそうだったんだ」
そう言って、リィルは仰向けになって目を閉じた。
「リィルっ」
「お腹いっぱいになったら眠くなって。ごめん……」
目を閉じたまま、小さな声で、リィルは呟く。
「イヤ、良いって。今は寝ときな。話はあとでゆっくり聞かせて貰うから」
きっと、喋りすぎて疲れたのだろう、とフィルは思った。リィルはまだ本調子ではなさそうだ。
(でも……リィルが目覚めてくれて良かった)
フィルはほっと息をつく。
(……これでオヤジが帰ってきてくれれば)
フィルは自分の器にリィルの器を重ねると、立ち上がって流し台に向かった。
*
フィルがテーブルに肩肘をついてうつらうつらしていると、がちゃり、と、扉の開く音が聞こえた。
「オヤジ?!」
フィルは立ち上がり、玄関へ走る。
「ただいま」
エニィルはフィルを見て微笑むと、テーブルへと歩いた。
「リィルは?」とエニィルが尋ねてくる。
「あ、さっき目ぇ覚まして、お粥平らげて今は寝てる」
「そうか。じゃあもう心配ないね。良かった」
「ああ。本当に」
言いながら、フィルは台所からお粥の入った器を持ってきて、エニィルの前に置いた。
「……水加減失敗した?」
どろどろの米を見て、エニィルがフィルに尋ねる。しまった、やっぱ手ぇ抜かずにちゃんと炊けば良かった……と、フィルは後悔した。
エニィルはそれ以上は突っ込まずに、粥を食べ始めた。フィルはそんな父をじっと見守る。
「……?」
フィルの視線に気付いて、エニィルは顔を上げた。
「オヤジ……」
フィルは遠慮がちに口を開いた。
「今日は……何もされなかったのか……?」
「何も?」
「ガルディアのヤツらに呼び出されて……その、良くある……自白剤とか……拷問とか……」
想像したくもない言葉を口にしながら、フィルの声は段々小さくなっていった。
「そんな心配してたのか」
エニィルはふう、と息をつく。
「極めて平和的な話し合いだよ。……まあ、いくら話し合ったって平行線だけど」
「あのな……オヤジ」
「ん?」
「一応、はっきり言っておきたいんだが」
フィルは震えそうになる声を
「何度ヤツらに聞かれたって、言っちゃいけないことは言わなくて良いから……。例え、俺の命を盾にされたって……」
「フィル…………」
かたん、と音を立てて、粥の入った器がテーブルに置かれた。
「俺は、覚悟はできてるから……」