リンツの中央病院で、キリアは何とかサラとの面会の約束を取り付けていた。サラは、ベッドの上で上半身を起こして、想像していたよりもずっと元気そうだった。
「面会謝絶だなんて、もうっ……ウチの人たちみんな大げさなんだから」
サラの声を聞いて、キリアはベッドの
「そりゃあそうよ。私だってサラが突然倒れたって聞いてびっくりしたもん」
「あはは。ちょっと疲れがたまってたみたいで……心配かけちゃったかしら? ごめんなさいね」
「ううん。でも、熱も下がったみたいだし、思ってたより元気そうで一安心」
「ありがとうキリア、お見舞いに来てくれて。あ……他のみんなはどうしてるの?」
「…………」
キリアは言葉に詰まった。サラの大きな瞳が、真っ直ぐにキリアを見つめている。膝の上に置いた封筒が妙に重く感じられた。
「リネッタはね、ウィンズムと早朝デート」
「ええっ?!」サラが顔を輝かせた。
「じゃあ、リネちゃん無事ウィズ君に会えたのね? 良かったわぁ」
「ホント偶然にね。リネッタ、ウィンズムのことすっごい心配してたから……」
「それでイキナリ早朝デートなのね? やるわぁリネちゃん」
「昨日の晩、ウィンズムとリネッタと一緒の部屋に泊まってたんだけど、朝起きたら、二人の姿が無くて、テーブルの上に置き手紙が」
「デートしてきますって?」
「ううん。なんか二人で一族の今後について話し合うとか何とか書いてあったけど」
「どう考えたってデートの口実だわ!」
「よねー」
サラとニヤニヤ笑い合いながら、キリアは静かに覚悟を固めていた。
「それで、バートとリィルちゃんは今、どうしてるの?」
サラの、至極当然な疑問。
「うん……」
キリアはゆっくりと、一度サラから視線を外し――
「……?」
「……ゴメン、サラ!」
キリアは勢い良く頭を下げた。
「キリア……?」
顔を上げられずに、キリアは一気に言う。
「アイツら、二人でピアン首都に行っちゃったの……! 私、止められなかった……ゴメン……!」
「え……?」
サラが静かに問い返す。
「首都、に……?」
「バートは……クラヴィスさんを許さないって言って……リィルは、家族が首都に捕まってるはずだからって……」
「いつ……?」
「昨日の夕方。ウィンズムが、バートのお母さんがクラヴィスさんに連れ去られたって教えてくれて、それ聞いたバートがキレて飛び出してっちゃって……リィルが追いかけてったから、てっきり止めてくれると思ってたのに。まさかリィルまで……」
「……そう」
ばさ、と音がして、キリアが顔を上げると、サラはベッドに仰向けに倒れ、天井を見上げていた。
「サラっ」
「行っちゃったのね……」
天井を見上げたまま、サラは呟いた。
「あたしには何も言わないで……行っちゃったのね……」
「サラ……」
「…………」
サラは大きく息を吐き出した。
「バートの気持ちはわかるわ。バート、お父様のことずっと気にしてたもの……」
「うん……」キリアは頷く。
「でも……」
サラは、ゆっくりとキリアの方を向いて、力なく微笑んだ。
「あたしに黙って行っちゃったってのが……悲しくて……悔しいわね……」
*
暫くサラと歓談していたら、「そろそろ姫様は昼食の時間です」と言われて、キリアは中央医院を追い出された。医院の出口で、サラに取り次いでくれた大柄な将軍(名はディオル将軍というらしい)に会釈して、キリアはリンツのメインストリートに出る。
リネッタの置き手紙には「昼までには帰るから、一緒にお昼ご飯食べよう」と書いてあったのだが……
(今、リネッタに会うわけにはいかない)
キリアはリンツのメインストリートを早足で歩いていた。向かう先は、バートとリィルが首都に向けて旅立った、
(今まで何悩んでたんだろ、私)
サラと話して、今までの迷いが嘘のように晴れた。
(私も行こう、首都に。そんでアイツらを力づくでも連れ戻す)
たった一人で首都に向かう……どう考えても、無謀な行為だった。それは頭ではわかっていた。……けれど。
(だって……サラが)
バートに一方的に置いていかれたサラが……寂しそうだったから。
今まで、はっきりと言葉で聞いたことはなかったけれど、さっきのサラの様子でキリアは確信してしまった。
(やっぱり、サラは、バートのことが大好きなんだ。『好き』って言葉なんて要らないくらい……呼吸をするのと同じくらい当たり前のように、『好き』なんだ……)
バートの方は、サラのことをどう思っているのかはわからないけれど。
(もし二人が結婚したら……なんか良いなあ……)
ついついサラの純白のウェディングドレス姿なんて想像してしまう。
幸せそうに微笑む、金髪の姫君。
でも……今、その相手は。
(……バートの馬鹿)
キリアは唇を噛み締めた。
(サラにあんな悲しそうな顔させるなんて、バートの馬鹿。リィルも同罪よ!)
今更首都に向かったところで、全てが終わったあとかもしれないけれど。それを確認するのは、少しだけ恐いけれど。
(やっぱり私、リンツでただ待っていることなんてできない。私が行動起こさないと!)
これは……多分、試練なんだ、とキリアは思う。未来から過去を振り返ったときの一つの通過点に過ぎない……そう、願いたい。
「あれ……キリア?!」
(げっ)
聞き覚えのある声に、キリアは反射的に身を硬くした。観念して立ち止まり、恐る恐る頭を巡らせる。
そこに立っていたのは、長い髪を後ろで一つに縛り、白衣を羽織った、キリアの元同級生……
「エンリッジ」
「また会ったなあー」
エンリッジは軽く片手を上げて、早足でキリアの
「お前一人なのか?」
「悪い?」
エンリッジ相手に、ついつい言葉がきつくなってしまう。
「別に悪くは無いけど……。さっきオレ、リネッタに会ったぜ」
「えっ」
「ウィンズムと一緒にいたから、一緒にアイスクリーム食べて喋ってた」
「な、何考えてるの!」呆れてキリアは叫んだ。
「せっかく二人っきりのところ、邪魔しちゃダメでしょ!」
「邪魔……って。アイツらタダのイトコ同士だろ?」
「そうだけど、リネッタは本気なの」
「あーどうりで……リネッタに凄い勢いで『あっち行け』って感じで追い払われたワケだ」
「……アンタって相変わらずね」キリアはため息をついた。
「で。キリア、どこ行こうとしてるんだ?」
改めてエンリッジが尋ねてくる。
「えーと……ちょっとそこまで」
「ヴェクタに乗ってか?」
「…………」キリアは言葉に詰まった。
「リネッタに少し聞いたんだ。バートとリィルが、ピアン首都に行っちまったんだって? だからキリアもアイツらを追っかけて首都に行こうとか企んでるんだろ?」
「…………」
全くの図星だった。キリアは肯定も否定もできなかった。
「首都に行くのはやめときな」
エンリッジが真剣な表情になって言ってくる。
「どうして?!」
カッとなってキリアは言い返した。
「危険だから? そんなんわかってるわよ! アイツらだって危険だってわかってて行っちゃったんだから! でも! ここで私が首都に行かなかったら……」
「アイツらは帰ってくるって、ここに」
「……え」
キリアはまじまじとエンリッジの顔を見上げた。
「何で言い切れるのよ」
「だってアイツら、『伝言』残して首都に行っちまったんだろ?」
「……うん」
それが何?という表情をすると、
「もし、アイツらが、もう戻ってこないつもりなら……。キリアたちのところに、ちゃんと挨拶に来てたはずだ」
と、エンリッジは言った。
「……え?」
「フツーに考えて、今まで一緒に旅してきた『仲間』に、紙切れ一枚で『さようなら』なんてつもりじゃないだろ。ちょっとの間、出かけてくるけど、すぐ帰ってくるから――って、そういうノリで出した『伝言』だと思うぜ、オレは」
「…………」
キリアは何も言い返せず、黙りこんだ。
――『仲間』……?
色々な考えが頭の中をぐるぐる回り始めた。
「だから、さ」
エンリッジは微笑んだ。
「お前らは、アイツらを信じて、