不 可 解 な 感 情 ( 2 )


 ピアン国民の消えた街。
 代わりに、帯剣した異世界の兵たちが徘徊している街。
 それでも、ここを、『ピアン首都』と呼んで、良いのだろうか――。

 *

 街外れの空き地で、バートとリィルは草むらに足を投げ出して座っていた。ある人物――首都に到着して最初に会った『異世界人』――に、「ここで待っていろ」と指示されたので、待っているのだった。
「なんか懐かしいな、ここ」
 と、バートはリィルに声をかけた。
「そだね。よく二人で『決闘ゴッコ』とかやってたっけ」
 と、リィルが返す。
「あの頃は平和だったな……。そのときは、まさか……ピアン首都がこんなことになっちまうなんて、思ってもみなかったよな」
「ははは」リィルが声だけで笑った。
「そういや……腹、減らねーか?」とバートが言うと、
「確かに」
 リィルはうなずいて足の間に下ろしていたリュックサックの紐を解き始めた。
「昨日の深夜に、乗用陸鳥ヴェクタで夜食食べたきりだもんな」
 リィルはリュックの中から紙包みを二つ取り出すと、片方をバートに手渡した。
「はい、あひるごはん」
「あひるごはん?」
「時間的に……朝には遅いし、昼には早いし」
「初めて聞いたぜその単語……」
 バートは紙包みを破って、中からハムたまごサンドを一切れ取り出して、かぶりついた。
「俺、つくづく一緒に来てよかった」
 それを見てリィルがしみじみと呟く。
「ああ? どういう意味だ?」
「あのまま身一つで飛び出してたら、絶対バート、空腹でどっかで倒れてたって」
 と言って、リィルが笑う。
「う……確かに」バートは素直に認めた。
「そしたら父親をブチのめすどころじゃなかったな……」
 リンツの売店で弁当を三食分くらい買っていこうとか、さすがに黙って行くのはマズイからキリアに伝言くらいは出していこうとか、そういう根回しは全て、リィルが提案して実行してくれたのだった。
「お前にはホント世話んなったよな、感謝してる」
 と、バートが言うと、
「『なった』って」
 リィルは何か言いかけて、ふうとため息をつく。
「……バートって、良い友人持ったよな」
「誰だよ、良い友人って」
 聞き返すと、リィルに無言で殴られた。

 *

「お食事中、すみませんが……」
 背後から声が聞こえ、バートとリィルは同時に振り返った。灰色を基調とした軍服に身を包んだ、赤く長い髪の男――アビエスが立っていた。
「なっ、なんで背後から出てくるんだ!」
 思わずバートは叫んだ。
「おっと、これは失礼」アビエスは優雅に一礼する。
「で、父親はなんて?」
「クラリス様は、王宮の中庭で待っている、と」
「わかった」
「ダメ」
 バートとリィルの声が重なった。立ち上がりかけたバートは、リィルに腕を引っ張られて座らせられる。
「なんでわざわざたった二人で敵陣に乗り込んでかなきゃいけないんだ。クラリスさんに来てもらって、ここに」
 落ち着いた口調できっぱりと、リィルは挑戦的な発言をする。
「なるほど」アビエスは感心したようにうなずいた。
「わかりました、もう一度行って、そう伝えてきましょう」
「手間かけさせて悪いね」
「いえいえ。せっかく、クラリス様のご子息が、こうして自ら出向いて来て下さったのですから」

 *

「アビエスって……」
 二人に背を向けて去っていく後姿を眺めながら、リィルは呟いた。
「案外、話の通じる人だね」
「ああ。色々手間が省けて助かったぜ」
 バートは立ち上がって、大きく伸びをした。
「さて、準備運動でもすっか」
「バート」
 リィルが表情を改めて問いかけてきた。
「正直なところ、勝算、あるの?」
「ある」
 間髪入れずに、バートは答えた。
「俺は勝つぜ」
「根拠は?」
「根拠なんているか! 正しい方が勝つんだ!」
 バートは自信満々で言い切った。



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