ま た 、会 え る の ? ( 4 )


「そうだ、エンリッジ。わたし人を探してるって言ったでしょ」
 リネッタはエンリッジを見て言った。
「わたしの従兄いとこでウィンズムってんだけど、銀髪で長髪で、目つきが悪くて無愛想なヤツ。ちょっと前にピアン首都に行くって言ってたんだけど。……知らない、よね?」
「銀髪で長髪で、目つきが悪くて無愛想な……」
 エンリッジは呟いた。従兄と言ってたけど、人懐っこいリネッタとは正反対のヤツなんだな、とバートは思った。
「……知ってる」
 エンリッジはぼそりと呟いた。
「……え」
「オレがピアン首都で救護活動してたとき、怪我人の応急処置とか黙々と手伝ってくれて……銀髪で長髪で、目つきが悪くて無愛想なヤツだったから間違いないと思う」
「…………」
 リネッタは呆然とエンリッジを見つめていた。何か言いたいのに言葉が出てこない、そんな表情だった。
「アイツ自身も右腕に怪我してたんだけど――」
「怪我?」リネッタが顔をこわばらせる。
「まあ、そんな心配しなくても。普通に歩き回ってたし、さっきもすぐそこで会ったし」
「ど、どこでっ?」
 リネッタはエンリッジに詰め寄った。
「近くの食堂で一緒に昼飯食ってさ。――あ、ヤツに会いたいってんのなら、」
 エンリッジは自分が彼に斡旋したという宿屋の名前をリネッタに告げた。リネッタは真剣な表情で聞き入っていた。

 *

 バートもエンリッジに母ユーリアについて尋ねてみたのだが、エンリッジは心当たりは無いと答えた。公園でエンリッジと別れた後、バートたち四人は、『隠れ家』という小さな温泉宿に向かった。バートたちも泊まったことのあった宿だった。
 四人はエンリッジに教わった角を曲がり、小さな木造二階建ての宿屋の前に辿り着いた。リネッタは看板を確認すると、引き戸を開けて奥に進んだ。バート、リィル、キリアの三人も、黙って後に続いた。
 リネッタは目的の部屋の扉を勢い良く開け放った。部屋の中では、ひとりの少年がベッドに腰かけて、左手で分厚い本のページを繰っていた。彼ははっとしたように顔を上げ、リネッタを見て、目をみはった。
「お前……!」
 少年は呆然と呟いた。
「…………」
 リネッタは無言でウィンズムに歩み寄っていった。表情の見えないリネッタの後姿を、三人は固唾を飲んで見守っていた。
「……なんでここに」
「アンタがピアン首都に行ったって聞いたから」
「……そうか」
 ウィンズムは包帯だらけの右腕を抱え、リネッタから視点をそらした。
「……ばか」
 リネッタは下を向いて肩を震わせた。泣いているのかもしれなかった。

 *

「ねえ、ウィンズム。その右手……」
 リネッタはウィンズムの右腕を見て、心配そうに尋ねた。
「……長髪のヘンな医師に診てもらった」
 ウィンズムはボソリと答えた。
「ヘンな医師って」リネッタは苦笑する。
「じゃなくてね、わたしが聞きたかったのは、なんでそんな怪我したのかってこと。利き腕なんて、ウィンズムらしくない。いつものウィンズムだったらもっと上手く危険回避したりできるでしょ。……何か、あったの?」
「…………」
 ウィンズムは少し驚いたようにリネッタを見たが、ふっと視線を逸らして黙り込んでしまった。しばらく沈黙が続く。ウィンズムはそれ以上何も語る気はないようだった。リネッタは小さくため息をついた。
「……そういえば、さ」
 リィルが沈黙を破って、ウィンズムに問いかけた。
「ウィンズムって、ピアン首都にいたんだろ? 俺たちちょっと探してる人がいて。『SHINING OASISシャイニング・オアシス』って食堂……そこの、女将おかみさんなんだけど。ショートカットの三十代後半くらいの女性で、名前はユーリアさん」
「俺の母親なんだ」バートは言って、リィルを見た。
「っていうか、リィル。お前もエニィルさんたちのこと……」
「……お前が、息子だったのか」
「え」
 ウィンズムの言葉に、バートは驚いて銀髪の少年をまじまじと見つめた。
「まさか、俺の母親のこと、知ってるのか?」
「……首都では、『SHINING OASIS』で寝泊りしてたからな。女将には良く息子の話を聞かされた」
「げっ」
 バートは思わず顔をしかめていた。見ず知らずの少年相手に、母親は一体何を語っていたというのだろう。
「じゃあ、」とバートは尋ねてみた。
「俺の母親が今、どこに居るかは、」
「…………」
 ウィンズムは黙って、首を左右に振った。
「……だよな。首都とか……大混乱だったわけだろ……?」
「……女将は、リンツには来ていない」
 と、ウィンズムは静かに断言する。
「……え」
 バートは嫌な予感がした。鼓動の音が大きく、早く聞こえる。冷たい汗が背をつたう。
 ウィンズムは無表情で告げた。
「女将は……連れ去られた。赤い翼の、異形の者に」

 *

 だんっ、とすごい音がして宿屋の壁が揺れた。バートが力任せに殴りつけたのだった。
「く、そ……っ!」
 悔しそうに呻くと、バートは扉に体当たりするようにして外に飛び出す。
 それを見て、リィルも何も言わず、バートを追って姿を消した。
 一瞬の出来事だった。キリアが何が起こったのか認識したときには、遠ざかる二人の足音が聞こえるだけだった。
 キリアはリネッタと顔を見合わせ、ウィンズムを見た。ウィンズムはバートの出て行った扉をじっと見つめていた。
 ウィンズムが語った内容はこうだった。ピアン首都が異形の者たちの襲撃を受けた日、ウィンズムは『SHINING OASIS』にいた。食堂に、一人の男が現れたという。背が高く、黒髪を長く伸ばした男。赤い翼を持つ、異形の敵。女将は彼のことを知っているようだった。彼は無理やり、女将を連れ去ろうとしていた。女将は拒絶していた。ウィンズムは女将に色々良くしてもらっていたので、彼女を助けようとしたという。結局、それは敵わなかったのだが。
 そしてウィンズムは傷を負い、女将は異形の男に連れ去られてしまった。
「……そう、あの女将さんが」
 キリアはようやく、それだけ呟いた。
「キリアも知ってたの?」とリネッタ。
「うん。ご馳走にもなったし……心配」
 キリアは、若くて明るく元気だった、バートの母親の顔を思い浮かべる。
「心配といえば、バートもね」
 リネッタは扉の方を振り返った。
「なんか、あのままピアン首都に突っ込んでいきそうな勢いだったから……」
「まさかいくらバートでも一人でそんな無茶……」
 ……やりかねない、とキリアは思い直した。なんだかいても立ってもいられなくなった。
「でも、多分、大丈夫だよ」
 リネッタが、キリアの心を読んだように言った。
「りっさんが追っかけてったから」
「……まあね」
 キリアは小さく息をつき、大丈夫、と自分に言い聞かせた。
 大丈夫。
 きっとリィルが、上手いことやってくれる。
 そして、しばらくしたら、リィルになだめられて大人しくなったバートが、不機嫌な顔をしたまま戻ってくるのだろう。
 きっとそうなるのだろう――

(……クラヴィスさんも首都攻めに加わってたってことなのかしら?)
 と、キリアは考える。
(それとも、自分の妻――ユーリアさんを迎えに来ただけ……?)
(バートは何も聞かなかったって言ってたけど……もしかしてみんな、バートに気を使って……?)
 バートは今、どんな気持ちなのだろう……と、キリアは考えてみる。少なくとも自分は、彼を何と言って慰めれば良いのかわからなかった。



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