ま た 、会 え る の ? ( 3 )


 リンツの町外れの小さな医院で、エンリッジは同僚の医師に無理やり仮眠室に押し込められていた。休みも取らず、寝食も忘れて働くエンリッジを見かねて、同僚は実力行使に出ることにしたらしい。
「つべこべ言わずに半日間、何も考えずにゆっくり眠って下さいね。心配しなくても人手は足りてますから。抜け出したら承知しませんよ。今貴方に倒れられたら、本気で困るんですから」
 眼鏡をかけて白衣を着た同僚は穏やかな口調で言ったが、目は笑っていなかった。エンリッジはとりあえず「わかったよ」と返事を返しておく。
 エンリッジは仮眠室のベッドに潜り込んで目を閉じてみたが、眠気は一向におとずれなかった。今は真昼間だ。体調は別にどこも悪くなく、眠くもない。どちらかと言うと腹が減っている。
 エンリッジは起き上がって、上着代わりに白衣を羽織ると、足音を忍ばせて扉に近付いた。そっと押し開けて、頭だけ出して、左右を見渡す。廊下に人影は無かった。
(メシ食い行くくらいなら……バレても怒られないだろ)
 エンリッジは部屋の外に出て、音を立てないように扉を閉めた。

 *

(まずはメシと珈琲。それから……セイジはああ言ってたけど、確か南区のあたりが足りてないって)
 そう思いながら、エンリッジは近くの食堂に入った。食堂は満席だった。客の半数近くが身体のどこかに包帯を巻いており、暗い表情で食事を取っている。
(あれ? 彼は……)
 エンリッジの目に知人の姿が止まった。相席させてもらおうと思い、エンリッジは真っ直ぐに歩き出す。
「よっ、ここ、良いか?」
 左手のフォークでパスタを口に運んでいた少年が顔を上げた。エンリッジは返事を待たずに椅子を引いて腰を下ろす。すぐにウェイトレスが水を運んできた。
「オレも空豆のパスタ。あと熱い珈琲な」
 注文を済ませ、エンリッジは黙々と食事を続ける銀髪の少年に向き直った。
「器用だなー。利き手、右なんだろ?」
 エンリッジは少年の右腕を見やる。彼の右腕は、白い包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「……右手が動かないんだから仕様が無いだろう」
 左手のフォークにパスタを絡めながら、少年はボソリと呟いた。
「そりゃそうだが……あっ、動くようになっても、当分の間は無理して動かすんじゃないぞ、右手」
「……わかっている」
 少年は面白くもなさそうに返した。

 *

 少年が席を立ち、エンリッジは一人でパスタを口に運んでいた。ほど良い塩味のきいた空豆を噛んでいると、無性に麦酒ビールが飲みたくなってくる。
(一応勤務時間外だが……流石に麦酒はないだろ)
 熱い珈琲を飲み干して、エンリッジは席を立った。
 会計を済ませ、食堂を出たところで、
「……エンリッジ?」
 自分の名前を呼ぶ呼ぶ少女の声が聞こえた。エンリッジは声のした方を振り向く。
「うわあやっぱりエンリッジだ。めっちゃ久しぶり!」
 と言いながら、長い髪をポニーテールにした少女が走り寄ってきた。
「お前は……」
 エンリッジは記憶を探る。昔、ワールドアカデミーで、机を並べて共に学んでいた少女の名前が浮かぶ。
「……え。まさか、リネッタ?」
「だよ。覚えててくれたんだ」
 リネッタが笑いかけてきた。
「そりゃあ覚えてるって」
「それはどうもありがと。……キリア!」
 リネッタは後ろを振り返り、通りをゆっくり歩いてくる少女に声をかけた。
「キリア?」
 どうもどこかで見たことのあるような少女と目が合った。彼女は微妙な表情で微笑み返してきた。

 *

 バートたち四人は、キリアとリネッタの知り合いだという青年と一緒に中央公園へ向かった。途中の売店でドリンクを買い、五人は向かい合わせのベンチに腰を下ろした。
「いっやー、お前が『あの』キリアだったとはなー。全っ然気付かなかったぜー。変わったよなあ、お前……。リネッタは全然変わらねーのになー」
 キリアとリネッタを見ながら、青年はそんなことを言った。年齢は二十代半ばといったところ。白衣を着ているところを見ると、医師なのだろうか。長めの髪を後ろでひとつにくくっている。
「それどういう意味っ?」
 リネッタは思い切りエンリッジの頭を叩いた。
「…………」
 キリアはちらりと青年を見たが、すぐに視線を逸らし、黙ったままコップに口をつけていた。リネッタと青年は打ち解けていて仲の良さそうな感じだったが、キリアと青年は……どうやら、そうではないらしい。
「キリア、彼は?」リィルが青年を見て、キリアに尋ねた。
「ええと……大昔の同級生」キリアは簡潔に答える。
「ワールドアカデミーのね」とリネッタがフォローした。
「キリアは……わりとすぐにアカデミー辞めちゃったんだけど、わたしとエンリッジはけっこう長く同級生してて。で、エンリッジは一年前に医術コースを卒業して、今はリンツで医者やってる……で良いんだっけ?」
「ああ、合ってるぜ」エンリッジはうなずいた。
「ワールドアカデミーか……」バートは呟いた。
「あれ? 知ってるの?」キリアが意外そうに尋ねてくる。
「俺を何だと思ってるんだ」バートはむっとした。
「いや、母親もあそこの卒業生だったな、って思ってさ」
「あ、俺の父さんと母さんも」とリィルも言った。
「ってか、ワールドアカデミー(あそこ)で知り合ったんだよな、バートの母親さんとうちの両親」
 うんうん、とバートはうなずいた。
「で、」今度はエンリッジが尋ねてきた。
「リネッタとキリアは、なんでリンツに来たんだ? 知ってて……来たんだよな。それと、そっちの二人は」
「ええと。わたしは、後で詳しく話すけど、ちょっと探してる人がいて、」
 そこまで言って、リネッタはキリアを見た。
 そういえば、とバートは思った。キリアは何故、リンツまで来てしまったのだろう。あまりに当然のようにバートたちに同行していたので、道中で改めて理由なんか聞いたりしなかったのだが。
「私は……」
 と言って、キリアはバートとリィルを見た。
「彼らと、サラの付き合いで。色々あって四人で旅してたんだけど、ピアンがこんなことになっちゃって……私も心配になって、彼らについて来たの。何か力になれないかなと思って」
 そうだったのか、とバートは思う。
「悪いね、キリア」とリィルが言った。
「エンリッジさん、でしたっけ。俺はリィルで、こっちはバート。あと、今ここにはいないんですけどサラと、キリアの四人でピアンからキグリス首都を目指して旅してたんです。でもその途中で、ピアン首都襲撃の話を聞いて、戻ってきたんです。リネさんとはその途中、ギールで合流しました」
「君たちはピアン出身なのか?」エンリッジが尋ねてくる。
「はい。俺はサウスポートで、バートは首都で」
「そうか……」エンリッジは表情を曇らせた。
「……困ったことがあったら、何でも言ってくれ。こうして出会ったのも何かの縁だと思うから」
「すみません。ありがとうございます」
「良いって。……それにしても、」
 エンリッジは大きくため息をついた。
「これからのピアン……どうなっちまうんだろーな……? あんま大きな声じゃ言えねーけど、リンツ(ここ)だってヤバいかもしんねーんだろ……?」
キグリス(ウチ)だって他人事じゃないよ」と、リネッタも言う。
「得体の知れない敵に隣国がここまでやられちゃあ……キグリスだって黙ってられないでしょ」

 *

「ところで」と、リィルが話題を変えた。
「エンリッジさん、仕事の方は大丈夫なんですか?」
「……ああ」エンリッジは自分の白衣姿を見た。
「そうだな、あんまノンビリもしてらんねーか……。オレそろそろ南区のほう行ってみねーと」
「エンリッジ、仕事熱心なのは良いけどさあ、ちゃんと休み、とってる?」
 エンリッジはギョッとしたようにリネッタを見た。
「だって目んとこ隈になってるよ。アンタのことだから、街がこんな状態で、とか思って、あんま寝てないんでしょ」
「…………」
「図星? 医者が過労で倒れたらカッコ悪いよー」
 黙りこくったエンリッジに、リネッタは勝ち誇ったように言った。
「……エンリッジ、アンタキャラ変わったわね」
 キリアがぼそりと呟いた。
「え? キャラ?」
「ホラホラ、キリアは、ガキだった頃のアンタしか知らないから」
「ガキだった頃のオレって?」
「ガキ大将」
 キリアは即答した。



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