王子たちと別れて、バートたち四人は丸一日、
(くそっ、なんでこんなことに……!)
もし、あのとき。とバートは思う。ピラキア山脈で「大精霊”
サラがキグリス首都に行きたがっていたから、というのは言い訳だ。あのとき、自分はピアン首都に帰りたくなかったのだ。ピアン首都に帰るのを先延ばしにしたかったのだ。
ピアン首都にはバートの母がいた。母は無事だろうか。首都のみんなは……。父親は首都襲撃に参加したのだろうか。もし、そうだったとしたら。自分はどんな顔をしてピアン王やピアンのみんなに会えば良いのだろうか。
ピアンには一刻も早く帰りたいが、現実と向き合うのも、正直……怖い。それでも今は、ピアンに帰りたくないなんて言っていられない。一刻も早くピアンに帰ること。それだけを考えて、バートは
*
ピラキア山脈の
村の出口にはサイナスが立っていた。
「サイナスさん」キリアが口を開く。
「ギリギリ間に合ったか……」サイナスはふうと息をついた。
「ピアンのことは聞いてる。リネッタが心配してた。寄らずに素通りしてっちゃうんじゃないかって」
「……ごめんなさい」キリアは力なく言った。
「リネッタが家で待ってる。寄ってやってくれないか」
「でも……あまり長居は」
「リネッタもそんなに長く引き止めないから」とサイナスは言う。
「あ、直接俺の家に向かったってことにしといてやるから。俺とはここで会わなかったと」
「……はい」
キリアは
「サイナスさんは、」
「ここで待ってる。ピアン行くとき、ここ通るだろ。お別れはそのときに……リネッタともな」
「……はい」
四人はサイナスの家に向かった。呼び鈴を鳴らすと、すぐにリネッタが出てきた。
「寄ってくれてありがとう」
とリネッタは言った。リネッタは外出着を着ていて、玄関には何故か大きな
「大変なことに、なっちゃったね。何て言ったら良いかわからないけど……。あのね、ひとつお願いがあるの」
とリネッタは言った。
「わたしもリンツに行こうと思ってるんだけど、一緒に、良いかな?」
「……リネッタが、リンツに?」キリアが驚きの声を上げる。
「なんでまた?」リィルが尋ねる。
「わたしの知り合いがね……ちょっとピアン首都に行ってて。それで心配になっちゃってね……」
「知り合い?」
「詳しい話は行きながら話すから。急いでるんだよね? あ、でも疲れてるよね……どうする? 休んでってもらっても良いよ」
「ありがとう、リネちゃん」
疲れを感じさせない口調で言って、サラは僅かに微笑んだ。
「休憩は必要ないわ。リネちゃんの知り合いさんも、心配ね……。リンツに行くのなら、一緒に行きましょう」
「ありがとう……姫さま」
*
村の出口でサイナスに別れを告げ、二匹の
バートとリィルは二人乗りヴェクタに乗り、今はリィルが運転してバートが寝ている。女性三人は三人乗りヴェクタに乗り、リネッタが運転している。
「ウィンズムって名前でね、わたしの父の兄の息子――
リネッタはキリアとサラに、ピアン首都に行ったという知り合いのことを語り始めた。
「彼のことなら聞いたことあるような気もするけど……彼、実家キグリス首都よね。なんでピアン首都に?」
とキリアは尋ねてみる。
ちなみにリネッタの実家もキグリス首都にある。リネッタの兄サイナスは実家を出てギールで一人暮らしをしており、リネッタも普段は実家を離れてワールドアカデミーの寮で生活している。
「……何でだろ。良くわかんない」
リネッタは首を傾げてため息をついた。
「サイ兄が言うには『ピアンの王立図書館で調べものがしたい』ってことらしいけど。キグリス首都やアカデミーにだって大きな図書館はあるのに」
ウィンズムはリネッタが春期休暇に入る前に、ギールのサイナスの家に立ち寄って「ピアン首都に行く」と告げていたらしい。どうせならもう少し遅く寄ってくれたら良かったのに……と、リネッタはウィンズムとすれ違っていたことを悔しがった。
「でもまあ、アイツ、放浪癖があるから、」とリネッタは言う。
「あちこちフラフラするのが好きなの。ひとりで。王立図書館ってのは口実で、単にピアン首都に行ってみたかっただけなのかもしれない。それか、ピアンに関する何か良いネタを仕入れたか」
「ネタ?」サラが聞き返す。
「アイツ、遺跡潜りとかトレジャーハントとか良くやってるんだ」とリネッタは言った。
「キグリスの古代遺跡もけっこう潜ったみたいだし。そんで良くわからないガラクタ持ち帰って来てね……あんま、見せては貰えないんだけど」
「遺跡……」キリアは呟いた。
「彼、古代遺跡に詳しかったりするの?」
「さあ……」とリネッタ。
「あまり勉強熱心なヤツじゃあないからね。キリアより詳しい知識持ってるとは思えないな。あ、でも実技……っていうか、いわゆる
だから、アイツがピアン首都襲撃に巻き込まれてくたばったとか、そういう心配はしてないの。と、リネッタは言った。
「でも……やっぱり、居ても立ってもいられないっていうか……。会って、『心配したんだから』って言ってやりたいというか……」
「わかるわ、リネちゃん」サラがうなずいた。
「姫さま……。ごめんね。姫さまが一番つらくて大変なのに……一方的にこんな話しちゃって」
ううん、とサラは首をふる。
「あ、そうだ、ところでリンツって、アイツの出身地じゃなかったっけ」
リネッタがキリアを見て言った。
「ほら、アカデミーの……」
「実家、見かけたわよ」とキリアは言う。
「前にリンツに寄ったときに」
「え。じゃあ、会った?」
「ううん。素通りしただけ。……どっちかと言うと、会いたくないヤツだし」
「わたしは会いたいな。久しぶりに」とリネッタは言った。
「キリアは知らないと思うけど、アイツ、けっこう良いヤツになったんだよ」
「……うそ」
「嘘じゃあないよ……と、思う……多分ね」
それでもやっぱり進んで会いたくはないな――と、キリアは思った。