その集団は、王女たち一行の行く手を阻むように街道に立ちふさがっていた。三人は鎧を身につけ、兜を目深に被り、剣を抜いて構えていた。その三人の後ろに、ローブ姿の別の三人が控えていた。フードを目深に被り、武器は持っていないようだった。ローブ姿の三人は精霊使いなのだろうか。六人とも顔が良く見えない所為で、年齢も性別も不明。体格は背の高い者もいれば太っている者もいて、皆バラバラだった。ずっと遠くに、彼らが乗って来たのであろう三匹の
「ついに来たか……。どうする?」
「どうするもこうするも、」
バートは三人の剣士を見て言った。油断なく剣を構える彼らは今にも襲いかかって来そうだった。
「話し合いで解決できると良いんだけど」リィルが呟く。
「そう上手くいくかってんだ」バートは言った。
「邪魔するやつらは邪魔だから倒すのみ、だぜ」
バートは
「てめーら……、俺たちに何の用だ!」
「そりゃあ、決まってるじゃないですか」
ちょっと高めの少年の声が返ってきた。三人の剣士のうち、真ん中に立つ、ちょっと小柄な人物から発せられた声だった。
「ピアン王女ご一行さまが通りかかるのを待っていたんですよ。今朝はまあちょっと、手違いがあったみたいなんですけど」
そこまで言って、小柄な剣士はちらりと後方を見やった。
「もう失敗は許されないんですよ。うちのリーダー怒らすと怖いんで」
「つまり、ピアン王女を
「はい」
小柄な剣士は素直にうなずいた。……バートはため息をついて剣を抜き放った。
「あ、ちょっと待った」
その剣士はそう言って、左手を前に差し出してひらひらと振った。
「僕、できれば争いごとは
少年は右手の剣を腰の鞘に納めると、
「まさか!」リィルは叫んだ。
「バート触るなっ!」
という叫び声が耳に届いたときには、バートは反射的に目の前に迫っていた布に包まれた何かを剣で斬りつけてしまっていた。布の袋は破裂し、中から白い粉が飛び散った。
「げっ、これってまさか……!」
バートは息を止めて目をつぶった。次の瞬間、後方から「風」が吹いてきた。風は正確に白い粉を巻き上げ、大気中に拡散させた。バートの周りの空気は何事もなかったかのように元に戻った。
「キリア?」
リィルはその「風」を発生させた張本人を見た。キリアは
「二番煎じは通用しないわよ。私が起きてる限りはね」
「キリア、かっこいい!」リィルは小さく拍手を送った。
「私たちに手ぇ出した罪は重いわよ……! さあっバート、やっちゃいなさい!」
「俺かよっ!」
呆然とたたずむ少年剣士の左右から、二人の剣士がバートに襲いかかってきた。その二人は「眠りの粉」を投げつけてきた少年剣士と比べると背も高く、体格も良かった。しかしバートは接近戦には強かった。大人と剣を合わせても互角以上に戦えるパワーとスタミナを備えていた。その代わり、遠距離からの変則的な攻撃には弱かったりするのだが。
バートは二人の剣士を同時に相手にして、一歩も引かずに剣を打ち合わせていた。逆に、バートよりも大柄な剣士二人のほうが押され気味だった。
「はあっ!」
バートは気合の声を発し、思い切り剣を振り上げた。相手の剣士の剣が弾き飛ばされて、宙を舞った。
そのとき、剣士たちの後ろに控えていたローブ姿の精霊使いのうちの一人が、精霊を召喚する素振りを見せた。放たれた巨大な炎の球が上空からバートに襲いかかる。リィルも素早く水の精霊を召喚すると、バートに襲いかかろうとしていた炎の球目がけて放った。水の精霊は炎の精霊を包み込み、まぶしくスパークして、消滅した。
*
バートとリィルが六人の「敵」を相手にしているのを、キリアとサラは
「敵さんやる気満々みたいだし、私も参戦しようかな……って思ってたんだけど」
キリアは小さく呟いた。
「必要ない感じ……?」
「バートもリィルちゃんも攻撃力高いのよね。あたしも戦うつもりだったのに」
サラも呟く。
二人は同時に顔を見合わせていた。
「キリア……戦えるの?」
「もちろんよ。伊達に大賢者の孫やってないわよ。っていうかサラも戦うつもりだったって……」
「ええ。伊達にピアン王の娘やってないわ」
サラはにっこりと微笑んだ。
ピアン王カシスがかなりの武人であるということは、キリアも風の噂で聞いていた。するとその娘、ピアン王女サラも、かなりの武人だったりするのだろうか……。この
ふと前方を見やると、もうほとんど勝負はついていて、三人の剣士と二人の精霊使いが地に倒れていた。残った精霊使いがおぼつかない足取りで逃げ出そうとするのを見て、キリアは風の精霊を召喚して、放った。
背中から風の精霊の攻撃を食らった精霊使いは、叫び声を上げて地面に突っ伏した。これで目の前の敵は全員片付いた。
「なんだ、たいしたことなかったな」
息ひとつ切らしていないバートは余裕の笑みを浮かべると、手にしていた剣を腰の鞘におさめた。
「バート、まだ油断はできないよ」
リィルは遠くの三匹の
「さっきあの子が『リーダー』って言ってたよね。あそこにいるんじゃないかな……黒幕が」
バートは目を凝らした。良く見ると、三匹の
「なるほどな」
バートは再び剣を抜き放った。
「これ以上、俺たちの邪魔をさせねーように。今ここで、親玉を叩いておくか」
「賛成」リィルもうなずいた。
バートとリィルは「親玉」目指して駆け出した。後ろからキリアが「慎重に」とかなんとか叫んでいたが二人の耳にはあまり入ってこなかった。
「とりあえずバートは突っ込んで。敵の精霊攻撃は俺が何とかするから。精霊使いって大抵、接近戦に弱いから、一気に距離つめてやっちゃうのが良いと思う」
「了解っ」リィルの言葉にバートは短く返した。
漆黒のローブの精霊使いが、右手を高く掲げた。バートたちとの距離はまだだいぶある。そこから精霊を放ったとしても届くはずがない――もしくは、届いたとしても届くまでに威力はだいぶ弱まるはずだった。
敵に遠距離攻撃を仕掛けさせて、それをリィルが防ぐ。一度精霊を放てば隙ができる。その隙にバートが敵の懐に飛び込む。これで、いけるはずだった。
敵はかなりの遠くから精霊を放ってきた。リィルも意識を集中させ、水の精霊を召喚する。敵の攻撃がこちらに届きそうだったら、自分の放った精霊で相殺すれば良い。
敵の放った、おそらく「風」の精霊がバートとリィルに迫ってきた。かなり遠くから放った精霊だというのに勢いは弱まらない。威力を保ったまま、正確にバートとリィルを狙って飛んでくる。なかなか力のある精霊使いだな、と思いながら、リィルも水の精霊を放った。
そのとき、風の精霊が二人の目の前で急に軌道を変えた。
「え?!」
リィルの放った水の精霊は、敵の放った風の精霊にぶつからずにあらぬ方向に飛んでいった。もちろん、敵には届かない。軌道を変えた風の精霊は大きく弧を描いて、ほとんど真後ろからリィルに襲いかかってきた。
(ヤバいっ)
まともに食らうのだけは避けようとリィルは地面を蹴って大きく跳んだ。上手く着地できずにリィルは片膝をつき、右手で地面を支えて辛うじて倒れるのだけは免れる。右足首に斬られたような痛みが走る。視界に赤い色が映る。
「リィル!」
バートの叫び声。リィルの神経は、敵の放った「二撃目」の気配を間近に感じていた。風の精霊が巨大な刃となってリィルに襲いかかってくる。それを感じながら、リィルはどうすることもできなかった。