奪 わ れ た 王 女 ( 2 )


 バートとサラとリィルの三人は、乗用陸鳥ヴェクタに乗って街道を北へ進み、キグリス首都を目指した。バートたちの旅の目的は、キグリス王と王子に会って停戦同盟を締結することだったが、そんなのは後回しだ。今はとにかく一刻も早く『英知の指輪』とやらを手に入れてキリアを助け出さなくてはならない。その過程でキグリス王と王子に会うことになるかもしれないが――、それで、どうなるかは、会ってみないと何とも言えなかった。
「あれ」
 手綱を握っていたリィルが小さく呟いた。
「何か、見えない?」
 リィルが前方を指さし、バートは目を凝らした。
「誰か……ずっと遠くだけど、街道で寝てねーか?」
「寝て……? 倒れてるんじゃないの?」とサラ。
 リィルは乗用陸鳥ヴェクタの速度を速めた。誰だかわからないが、寝ているのなら街道の真ん中では危険なので起こしてやらないと、と思う。倒れているのなら助けなくてはならない。
 ヴェクタがその人物に近付くにつれ……、三人は我が目を疑いつつ、確認するようにお互いの顔を見合わせていた。
「……キリア……?」
 バートが嘘だろ、と呟いた。街道にうつぶせに倒れているのはキリアだということが、近付くにつれてはっきりとしてきた。両手を後ろ手に縛られているようだった。身動きひとつしていない……。
 三人は乗用陸鳥ヴェクタを停めてキリアに駆け寄った。
「キリア! キリアっ!」
 サラがキリアの名を叫びながら抱き起こして肩を揺さぶった。リィルはキリアの両手首に食い込んでいるロープを解きにかかった。

 *

「……ア! キ……っ!」
 遠くで誰かが名前を呼んでいる。金縛りってやつかな、とキリアは思った。何度か経験がある。意識はあるのに、ふわふわしていて。身体が、まぶたが、言うことを聞いてくれなくて。
 キリアは意識を無理やり浮上させ、瞼を開けてみた。嘘みたいに明るかった。
「キリア!」
 サラが至近距離から覗き込んでいた。
「サラ……ここは、」
 呟いて、キリアはゆっくりと身体を起こした。見覚えのあるキグリスの大草原の街道だった。すぐそばでサラとバートとリィルが屈みこんで、自分を見つめていた。
 三人は同時に大きく安堵の息をついた。
「はああ……」
「良かった……!」
「ったく、心配させやがって……」
「え? え?」
 キリアは三人の顔を順番に見ながらわけがわからなかった。昨晩の記憶を手繰り寄せてみる。確か「道の駅」の小屋で四人で夕食を食べながら葡萄酒を飲んで……けっこう遅くまで騒いでいたような気がする。それから……ベッドに入って寝たんだっけ。結局あのテーブルは片付けないままだったかな。で、目が覚めたら、いつの間にかこんなところに……。
 混乱するキリアに、サラとリィルが代わる代わる事情を説明してくれた。
「嘘……」
 キリアは呆然と呟いた。どうも実感が湧いてこない。恐怖も何も感じないまま危険な目に遭って無事に帰ってこれたなんて、むしろ笑いがこみ上げてしまう。
「何にやけてんだよ」バートが不思議そうに言ってきた。
「あ、王女に間違えられて嬉しかったとか」
「そんなんじゃないわよっ」
 キリアは思わずバートの頭を叩く。
「ごめんなさいキリア、あたしのせいで……」
 サラは本当に申し訳なさそうに言って、うつむいた。
「え? ヤダ気にしないでよ、別に何もなかったし……。でも、」
 キリアは首を傾げて呟いた。
「なんかすっきりしないわね……」
「確かに」リィルもうなずいた。
「キリアが無事だったことは本当に良かったけど、……なんでキリア返してくれたんだろ」
「人違いに気付いたからじゃねーの?」とバート。
「随分親切な悪党ね……」とサラ。
「サラ、のん気なこと言ってる場合じゃないかもしれないわよ」
 キリアは厳しい表情でサラを見た。
「え」
「私を返してくれたのは、親切じゃなくて『余裕』……なのかもよ。気をつけなくちゃ、ね」

 *

 四人は周囲に気を配りながら乗用陸鳥ヴェクタを走らせていた。『敵』はピアン王女を人質に『英知の指輪』を手に入れる計画を立てた。しかし、『敵』は間違えてピアン王女でない女性をさらってきてしまった。脅迫状にはしっかりと『ピアンの王女』と書いたのに。『敵』は間違いに気付き、ピアン王女でない女性を一行に返すことにした。
「その後『敵』さんたちがやることといえば――、やっぱり本物のピアン王女をさらうことじゃない?」
 とキリアは言う。
「なんていうか……、あまり頭良くない『敵』って気もするけど、よっぽど腕に自信があるのかもしれない」
「素朴な疑問なんだけど、」とバートが口を挟んだ。
「なんで『キグリスの』国宝を手に入れるために『ピアンの』王女をさらうんだ?」
「あ、なかなか鋭いね」リィルが言った。
「うーん。まあ普通に考えたら、キグリス王宮に居るキグリスの要人はさらいづらいけど、俺たちはたった四人で旅してるわけだからね……」
「でも、なんでピアンの王女一行がたった四人でキグリス領内を旅してるってばれたのかしら」とキリア。
「ギールには二泊しかしてないし、リネッタとサイナスさんには特に口止めはしなかったけど、あの二人が進んで広めるとは思えないし。サイナスさんは四人旅を心配してたくらいだし」
「まあ、仮に多少広まっちゃってたとしても、」とリィルが言った。
「まさか、本当に『ピアンの王女を』狙ってくるヤツらが出てくるなんて、ちょっと予想外だったな。……甘かったのかも」
「だな」バートも言った。
「まあ、とにかく、難しいことは抜きにしても、この先は気を引き締めてかかろうぜってこったな」
 リィルとキリアはしっかりとうなずいた。すっかり元気を無くしてしまったサラの肩を、キリアはぽんぽんと叩いて微笑みかけた。
「大丈夫よ。私たちは悪党なんかに負けない! だからサラも、負けないで」
「キリア……」
 サラは泣き笑うような表情でキリアを見つめ返した。
「……ありがとう。そうね、あたし、負けないわ。さあっ来るなら来なさい、悪党たち!」
「いや、来ないならそれに越したことは」
 リィルがぼそりと呟いた。



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