奪 わ れ た 王 女 ( 1 )


 朝にギールを発ち、一日乗用陸鳥(ヴェクタ)を走らせて、バートたち一行は日が落ちかけた頃に「道の駅」の小屋に辿り着いた。つくりはピラキア山脈ピアン側のふもとで泊まった小屋とほぼ同じで、いくつかの二段ベッドと、部屋の中央には大きめのテーブルが置いてあった。
 ギールで食材を買い込んでいたので、四人でシチューをつくることにした。小屋の中のテーブルで野菜を切り、小屋の外にあったかまどに鍋をかけて水と牛乳で煮込む。四人はシチューを食べながらパンを食べ、サイナスからの餞別である葡萄酒の栓を開けた。
「それでは、あたしたちの楽しい旅に。乾杯ー」
 サラが言って、四人はそれぞれのコップを掲げた。バートとサラとリィルは中身を一気に飲み干した。しばらく後、バートは顔を真っ赤にしながらわけのわからないことを語り始め、サラは楽しそうに笑い声を上げ、リィルは机に突っ伏して寝息を立て始めた。キリアは三人の様子を気にしながら、サラに相槌を打ちつつ、ちびちびと飲んでいた。
(誰が後始末するんだろ、これ……)
 はっと我に返ってみたものの、キリア自身もお酒の所為かちょっと楽しい気分になっていたので、まあ良いか、とか思っていたりした。

 *

 翌朝、サラが目覚めると小屋の中は葡萄酒の香りで満ちていた。テーブルの上にはからになった葡萄酒の瓶と、コップが四つと、シチューの皿が散乱していた。バートとリィルとキリアはそれぞれのベッドで眠っているようだった。
(あら? あたし、どうやって自分のベッドに入ったのかしら……)
 サラは昨夜、自分でベッドに入った記憶がなかったが、気にしていても仕方がないので立ち上がった。テーブルの上の皿を四枚重ね、コップも四つ乗せ、小屋の扉を開けて外に出る。小屋から少し離れたところにあった水場で皿とコップをきれいに洗った。
 洗いものを終えて小屋に戻り、小屋の扉を開けた瞬間――サラは何か違和感を感じた。眩暈がして一瞬意識が飛ぶ――。陶器が砕け散る音。はっと我に返ると、サラは床に座り込んでいた。目の前に、砕けた四枚の皿と四つのコップの破片。床に手をついて立ち上がろうとしたとき、指先に鋭い痛みを感じた。飛び散っていた陶器の破片で指を切ってしまったらしい。その痛みで、目が覚めた。
 サラは口元に手を当てて軽く咳き込んだ。小屋の中はひどく空気が悪かった。
「みん、な……!」
 サラは息を止めて小屋の中に駆け込んだ。一番近くのベッドの中に横たわるバートを思い切り揺さぶる。反応は無い。サラは夢中でバートを担ぎ上げると小屋の外に出た。地面にバートを下ろすと、再び小屋の中に駆け込む。リィルも同じようにして小屋の外に担ぎ出す。続けてキリアのベッドの脇に駆けつけ……キリアがそこに居ないことに気が付いた。
「キリア?!」
 サラは小屋の中で叫ぶ。小屋の中を隅々まで見渡したがキリアの姿はない。サラは小屋の外に飛び出して、声を限りにキリアの名を叫んだ。返事は返ってこない……。
「そんな……キリア……」
 サラは大きく息を吸って吐くと、今度は地面に横たわるバートを力いっぱい揺さぶった。
「バートっ、お願い起きて! しっかりして!」
「う……」
 小さく呻いてバートがゆっくりと目を開けた。瞳にサラの顔が映る。バートはがばっと上半身を起こすと、身体を折り曲げて苦しそうにげほげほと咳き込んだ。
「大丈夫っ?」サラは慌てる。
「うー。頭いてえ……」バートは頭を抱えていた。
「二日酔いか……?」
「それもあると思うけど、なんか、小屋の中がヘンなのよ」
 サラは小屋の方を見やって言った。
「毒ガスみたいな変なにおいがして……、慌ててみんなを外に運び出したの」
「毒ガス?! みんなは無事か?」バートはサラを見る。
「キリアが見当たらなくて……、リィルちゃんならそこに」
 サラはリィルに駆け寄って屈み込むと、リィルを揺さぶり起こしにかかった。しばらく揺さぶっていると、リィルが「ああ良く寝た……」とか呟きながら普通に起きた。
 サラの言葉を聞いてリィルは表情を硬くした。
「キリアがいない……? 俺たちがこんなに大騒ぎしてるのに出てこないなんて、何か嫌な予感がする。小屋、まだ入っちゃまずいかな?」
「空気吸わないようにすれば……」
 サラはリィルに自分のハンカチを手渡した。リィルはサラのハンカチを借りて口に当てると小屋の中に入っていった。慌ててサラとバートも続いた。
 三人で小屋の中を隅々まで探し回ったが、やはりキリアの姿はどこにも無かった。リィルが小屋の窓全てを全開にして風通しを良くする。吹き込んで来た風に一枚の紙切れがひらりと舞い上がった。サラはそれを拾い上げて、そこに書かれていた文字を読んで、叫び声を上げた。

 *

『ピアンの王女は我々が預かっている。返して欲しければ、キグリス首都南方の第一の『道の駅』に、キグリス王家の国宝『英知の指輪』を持って来い。王女の命は我々が預かっている。『英知の指輪』を持たずに王女を救い出そうなどとは考えないほうが良い。我々は王女を殺すことなど、何とも思っていない』
 小屋の外に出て、サラはバートとリィルに紙切れを見せた。
「どういうことだよ……」
 サラを見ながらバートがつぶやく。サラは泣きたいのをこらえて下を向いた。
「小屋の中の床を良く見たら、白っぽい粉がばら撒かれてた。多分、『眠りの粉』ってやつだと思う。窓開けといたし、そのうちにおいも効果も治まると思うけど」
 リィルもサラを見て、少し言いづらそうに自分の考えを語った。
「結論から言うと、キリアはピアン王女と間違えられて人質として連れ去られた可能性が高い……と、思う。たまたまサラが外の水場に行ってる間に、悪者たちが眠りの粉を小屋の中に投げ込んで全員眠らせて、王女と思われる女性をさらっていった……んじゃ、ないかな。そして自分たちの要求を残していった、と」
 やっぱり、とサラは唇を噛んだ。昔から何度か、いや、何度も思ってきたことだったが、何故自分は「ピアン王女サラ」なのだろう。自分がピアン王女だった所為で――全然関係ないキリアが危険に巻き込まれて……!
 ぽん、とバートの手がサラの肩に置かれた。
「そんなに自分を責めるなよ」
「でも……!」
「そうだよ。それより、キリアを助け出す方法を考えよう」
 リィルは紙切れをじっと見つめて口を開いた。
「『キグリス首都南方の第一の道の駅』って、ここじゃないよな。確かリネさんがギール・首都間は道の駅が二つあるって言ってたから、もうひとつのほうかな。そこが取引場所として指定されているわけだけど、キリアもそこに連れて行かれるのかな……。今から飛ばしても追いつくのは難しいかな……。敵の要求は、『英知の指輪』。サラ、英知の指輪って知ってる?」
「いいえ」サラは首を振った。
「『キグリス国宝』ってくらいだから、キグリス首都のどこかにあるのかな? どっちにしろ今すぐ俺たちがこれを手に入れるのは不可能。首都に行ってみないと……というわけで二択」
 リィルは右手の指を二本立てて、バートとサラを見た。
「キリアが監禁されていると思われる道の駅に特攻をかけるか。まずはキグリス首都に行って『英知の指輪』を手に入れるか」
「特攻は危険よ!」サラが主張した。
「それでもし、キリアに何かあったら……」
 バートもサラの意見にうなずいた。
「そうだね」とリィル。
「キグリス首都に行くのは時間のロスになっちゃうけど、まあ、幸い期限は指定されてないし、……、うん。やっぱり首都を目指そうか」
「ああ、それが良いと思うぜ」
 バートも言って、うなずいた。
「じゃあ、急いで準備して、北を目指そう」
 リィルが言い、三人は小屋の中に戻って、荷物をまとめ始めた。



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