邂 逅 ( 5 )


 バートはしばらくその場に固まっていたが、二人の姿が完全に見えなくなると、その場にへたり込んでしまった。はあ、と大きく息をつく。全身に嫌な汗をかいていた。
 突然の、父親の来訪。告げられた真実。最後に出てきたエルザ姉ちゃんがトドメをさしてくれた。
「あったま、いてえ……」
 バートはその場に仰向けに寝転んだ。霧はいつの間にか晴れていた。緑色の森の中だった。真上には薄青色の空が見えた。
「……バート」
 遠慮がちな声が降ってきた。サラが真上から、心配そうにバートを覗き込んでいた。バートはがばっと身を起こした。
「サラっ。……見てたのか」
 サラはゆっくりとうなずいた。
「いつから?」
「……ごめんバート。私も見てた……」
 サラの後ろからキリアも姿を現し、こちらに歩み寄ってきた。
「っ、キリア……!」
「バートの怒鳴り声で目が覚めてね。何事かと思ってサラと外に出てみたら……」
「…………」
「大体の事情は聞かせてもらっちゃった。……将軍と一緒にいた人、リィルのお姉さん?」
「……そういや、リィルは」バートは尋ねる。
「多分、まだ寝てると思う。起こしてこよっか」
「いや、俺が起こすよ」
 と言って、バートはふらふらと立ち上がった。
「顔色悪いわよバート……。大丈夫?」
 サラが心配そうに尋ねてきた。バートは小さくうなずいて、小屋のほうへ歩き出した。

 *

 リィルはいつものようにバートに叩き起こされ、開かない目をこすりながらあたりを見回した。テーブルの上にはもう四人分の朝食が並べられ、キリアとサラは席についてこちらを見ていた。
「ごめん……。今日は早く起きるんだっけ……」
 リィルはのろのろと立ち上がると席についた。四人でしばらく黙々と朝食を食べた。寝起きだからだろうか。みんな静かだった。
「リィル、」
 と、バートが話しかけてきた。
「俺、さっき父親に会ったんだ」
「ふーん、父親さんに……って、ええっ?」
 リィルはパンを喉に詰まらせかけて、慌てて水で流し込んだ。
「父親が、俺に会いに来たんだ。あとエルザねーちゃんにも会った」
「……ぶっ」
 リィルは飲んでいた水を噴き出しかけた。
「もう帰っちゃったけどな、二人とも。あ、エルザねーちゃんからリィルに伝言。『私は元気でやってるわ』――だったっけ。確かに伝えたぞ」
 と言って、バートはがたりと立ち上がった。
「ごちそうさま」
「ちょっとバート、どこ行くのっ」
 外へ出て行こうとするバートにキリアが慌てて声をかけた。
「外の水場。……頭冷やしてくる」
「待てよっ、父親さんと姉貴の件、一体どういうことなのか説明……」
「サラとキリアに聞いてくれ」
 バートは言い捨てると振り返らずに小屋から出て行ってしまった。
「……ええと……」
 リィルはサラとキリアを交互に見ながら尋ねた。
「俺が寝ている間、一体何が……?」

 *

 サラとキリアから話を聞いて、リィルは大体の事情を呑み込んだ。すぐには信じられない話だったが。
「要約すると、バートの父親さんは実は『ガルディア』の将軍で……俺の姉貴が同行してた、と」
「そういうことだと思う……」とキリア。
「とりあえず、無事だったんだな、姉貴は。それは……良かったかも」
「そうね……」
 サラがうなずいた。
「姉貴は……姉貴だからな。うん」
 リィルはひとりで納得すると、
「問題は……クラヴィスさんのこと、か」
 バートが受けたであろう衝撃のことを考えると、心が痛む。
「バート、大丈夫かしら……。帰ってくるの遅くない? 見てこようかしら」
 サラが立ち上がりかけたとき、小屋の扉が開けられてバートが戻ってきた。バートの髪の毛はびしょびしょに濡れていた。黒髪から滴り落ちる水が上着の肩のあたりを濡らしていた。
「良しっ!」
 バートは元気に叫んで、三人に笑いかけてきた。
「頭も冷えたし、吹っ切ったし。もう大丈夫だ。さっ、準備できたら出発するぞっ」
「バート……」
「どーしたんだよ。もうメシ食い終わったんだろ? さっさと大精霊”ホノオ”に会いに行くぞっ」
 バートは自分のベッドの上に広げてあった荷物を手早くまとめて鞄に詰め込むと、先行って待ってるぜ、と言いながら小屋を出て行った。
「バート、髪拭かないと風邪ひくわよ」
「こんなん自然乾燥で乾くさっ」
 小屋の外からバートの元気な声が返ってきた。
「……重症だ……」
 リィルはサラとキリアと顔を見合わせて、はあ、とため息をついた。
「重症……、なの? もしかして、カラ元気?」
 キリアが言うと、リィルとサラは大きくうなずいた。
「なるほど。あれがカラ元気ってやつなのね」
 変なところでキリアが関心する。
「まー、本気で元気なくしちゃうよりはましかな、うん。俺たちもいつまでも沈んでたって仕方ない。元気出そう」
 リィルの言葉に、キリアとサラはうなずいた。



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