邂 逅 ( 4 )


 草原を左右に見ながら進む街道は、いつしか緩やかな上り坂になっていた。青々と茂る広葉樹の本数がだんだん増えてきて、草原の景色はいつしか森に変わっている。木漏れ日が森に落ちる中乗用陸鳥(ヴェクタ)を走らせ、バートたちは予定通り薄暗くなりかけた頃にピラキア山脈のふもとに辿り着くことができた。ピラキア山へ上る山道の手前に宿泊できる木造の小屋が建っている。バートたちは二匹の乗用陸鳥ヴェクタの綱を木に結び、それぞれ荷物を持って小屋の中に入った。中には二段ベッドが四組備え付けてあり、中央には大きめのテーブルと椅子が八つ。梯子はしごが立てかけてあって、ロフトに上れるようにもなっていた。四人は自分のベッドを決めて荷物を放り出し、ベッドにつるしてあったランプに灯りをともすと保存食をテーブルに並べ始めた。
「明日は早く起きないとね」
 四人でテーブルについて、早目の夕食をとりながらキリアは言った。
「明るくなったらすぐにでも出発して、暗くなる前に下山しないと、山の中で一泊するはめになるからね」
「じゃあ俺、今日は早く寝よ」
 リィルが言うと、バートとキリアは力いっぱいうなずいた。

 *

 早朝。窓の外が薄明るくなり始めた頃、バートは誰よりも早く目覚めた。バートはわりと寝起きは良いほうだった。ベッドの上で大きく伸びをして、幸せそうに眠るリィルを叩き起こそうとして、まだ良いかと止めておいた。外の水場で顔を洗おうと思い、靴を履いて立ち上がって小屋の戸を開け外に出た。外は少しひんやりとしていて、霧のためうっすらと白かった。
 どくん、と何故かバートの心臓が音を立てた。何故?と思ったとき、バートの両目は、前方に立つ男の影を捉えていた。
 どくん。再び心臓が音を立てる。
 男はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。背が高い。バートと同じ黒い髪を長く伸ばして、後ろで結んでいる。赤い軍服に身を包んでいる。その軍服は、どこかで見覚えがあった。ピアンの軍服では、ない。
「なんで……」
 バートはようやく声を絞り出した。
「バート」
 男はバートを真っ直ぐに見つめてバートの名前を呼んだ。
「父親……」
 バートは信じられない気持ちで呟いた。これは夢なのだろうか。現実なのだろうか。
「バート。久しぶり」
「うん。久しぶり」
 握り締めた拳が汗ばんでくる。確かに男は、バートの父親だった。
「……なんで……ここに?」
 バートは尋ねた。
「バートを、迎えに来た」
 父親は答えた。
「迎えに……? ってか、良く、俺がここにいるって、わかったな」
「うん。わかった」
 バートの記憶の中に居た父親と、同じ姿。同じ声。同じ口調。何もかもが懐かしかった。でも、素直に再会を喜ぶのは早い。父親には聞きたいことがたくさんある。
「父親……」
「何?」
「迎えに来たって……、今頃……今頃、今頃になって……今までどこで何してたんだよおっ!」
 あふれ出てくる思いをバートは吐き出し、父親にぶつけた。
「『ガルディア』に、いた」
 父親は答えた。
「ガル……ディア……」
 バートは呟いた。聞いたことがある……確か、サウスポートで。赤い翼、赤い髪の『アビエス』とかいう異形の敵。アイツが確か『ガルディア』と……そういえば。父親が着ている軍服。それを、アビエスも着ていなかったか?
「そう、いう……こと、かよ」
 バートは呟いた。あの日、サウスポートの兵士に話を聞いたときから、薄々覚悟はしていたのだ。いつかこういう日が来るのではないかと。
「オレは、『クラリス』。ガルディアの、将をやっている」
 父親は言った。
「じゃあ……、サウスポートを襲ったやつらの……仲間だったってのか? 父親……」
「そう」
 父親――クラリスの身体が、薄赤い光を放った。次の瞬間、バートはクラリスの背に、赤い翼が生えているのを見た。異形の者であるあかしの、赤い翼。
「…………」
 バートは言葉も出ずにしばらくその翼を眺めていた。父親も口を開かなかった。長い長い沈黙の時間が経過した。
「その翼は……」
 バートはようやく口を開いた。
「消すことも、できるんだな……」
「できる」
「翼消したら……俺や母親と十年以上も一緒に暮らしたり、ピアンの将軍やったり、できるんだな……」
「…………」
 クラリスはわずかに表情を曇らせた。
「父親は……ピアンを、裏切ったんだな!」
 バートは叫んだ。
「……オレは、」
「騙してた! 王の信頼を得といて……だろ? その通りだろ? 反論できっかコノヤロー!」
「『ガルディア』の将として、命令に従っただけ」
「うるせーっ!」
 バートはぜいぜいと肩で息を切らせていた。頭の中を色々な思いがぐるぐると駆け巡る。母親の顔が浮かぶ。ピアン王の顔も。
「だから、バート」
「うるせえ! 何が『だから』だっ!」
「一緒にガルディアに、帰ろう」
「黙れっ!」
「バート」
「……何だよっ」
「バートは、オレの息子」
「……それが、何だよっ」
「ガルディアの血からは、逃れられない」
 クラリスは手を伸ばしてバートの腕を掴んできた。反射的に振り払おうとしたが、凄い力で掴まれて振り払えなかった。父親の手が、熱い。掴まれた腕が熱い。身体中が、なんだか熱い。何か熱いものが身体の中に流れ込んでくる――。バートは思わず叫び声を上げていた。
「何……しやがるんだ……!」
 ようやく父親の手を振り払って、バートは父親から離れた。身体が重い。ふらついてその場に倒れこみそうになるのを辛うじてこらえた。クラリスはバートをじっと見つめて、わずかに首を傾げた。
「バート」
「何だよ」
「どうしても、オレと来ない?」
「ああ? 当然だろっ!」
「……そうか。残念」
 クラリスは言った。

 *

「クラリス将軍」
 木陰から女性が姿を現した。茶色の真っ直ぐな髪は肩より上あたりで切り揃えてある。その女性を、バートは良く知っていた。
「え……エルザ姉ちゃん?!」
「交渉は決裂? ……まあ、相手はバートだもんね」
 エルザはクラリスからバートに視線を移すと、にっこりと微笑んだ。
「お久しぶりね、バート」
 バートは頭が痛くなってきた。何故、敵に捕まったはずのリィルの姉がこんなところに居て、バートの父親――ガルディアの将に『将軍』なんて呼びかけているのだろうか。
「……無事だったんだな。エルザ姉ちゃん」
「まあねー」エルザは言った。
「無事だったのは良いけど。こんなところで何やってんだ……?」
「クラリス将軍のお手伝いよ」
「……というと?」
「やあね、私の口から語らせるつもり?」
 エルザはくすくすと笑った。
「エルザ」
 クラリスがエルザに声をかけた。
「はい、将軍」
「帰ろう。今のバートは、いくら言っても、来てくれそうに、ない」
「了解」
 エルザはクラリスの首に手を回す。クラリスはエルザを片手で抱きかかえると、赤い翼を広げた。
「じゃあ、元気で、バート」
 クラリスはバートに言った。
「あっそうだバート」
 エルザがふと思い出したように言ってきた。
「機会があったらリィルに伝えといて。私は元気でやってるから、って」
 クラリスは赤い翼を広げ、エルザと共に空高く舞い上がった。バートはそれを声もなく見つめていた。



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