翼 持 つ も の ( 4 )


 夜の闇の中を二匹の乗用陸鳥ヴェクタが駆けていた。それぞれのヴェクタの前方に取り付けてある灯りが辛うじて狭い周囲を照らしている。雲が空を覆っているのだろうか。天は随分と暗い。
 バートとサラとリィルはお互いの事情を語り合い、「とりあえず、ピアン首都に帰ろう」という結論に至った。あのままサウスポート周辺に留まっていたとしても、バートたち三人にできることは何もない。それに、もし王女に何かあったら……、というのが理由だった。サラはバートとリィルがピアン首都に帰るのなら自分も帰ることに異論はないと言い、リィルもサラのことを気にしてかすぐにでも帰るべきだと言った。バートは……、迷っていた。
 バートが方位針コンパスを見ながら乗用陸鳥ヴェクタの手綱を握り、リィルはバートと同じヴェクタに乗ってバートの後ろですやすやと寝息を立てていた。こいつの特技はいつでもどこでも寝られること。昼過ぎまで寝ていられること。とバートは思う。
「サラ。疲れてないか?」
 バートは隣を走るヴェクタに声をかけた。
「大丈夫よ。休みなしで行けると思うわ」
 サラの答えが返ってくる。
「疲れたら言えよ」
「ええ」
 順調にヴェクタを走らせれば、首都に着くのは夜半過ぎくらいになるだろうか。バートはなるべくなら野宿はせずに首都についてから自分のベッドで眠りたかった。しかし……、自分のベッドに入ったところで、こんな気持ちを抱えたまま、眠りにつくことができるのだろうか。

 *

 少し前まで、バートとリィルとサラは二匹の乗用陸鳥ヴェクタをゆっくりと進めながら語り合っていた。
「エルザねーちゃんが捕まったあ?!」
 バートは思わず声を上げていた。リィルの姉エルザは、何せバートとリィルの二人がかりでも敵わない相手なのだ。色々な意味で。
 リィルはうなずき、黙り込んだ。サラが遠慮がちに尋ねる。
「それで、リィルちゃんのお父さまたちは……」
「……わからない。行方知れずってこと。姉貴と同じように敵に捕まったのかもしれないし、上手く逃げ延びているのかもしれない」
「そ……っか」
 バートはリィルの父も母も兄も姉も良く知っていた。彼らの安否が全くわからないということは、リィルとは無事に再会できたものの、素直に喜べない。
「とりあえず、さ。首都に行ったら……」
「俺ん家に来いよ」
 すぐにバートは言った。リィルはありがとう、と礼を言う。
「首都で、しばらく待ってみることにする。父さんも母さんも兄貴も、俺と同じこと考えると思うから」
「そうね。それが良いわ」
 とサラも言う。
「大丈夫だって。お前の父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも、絶対無事だって!」
 バートは力強く言った。バートに背中を叩かれてリィルはようやく少し笑って、うなずいた。
「でも、どうしてリィルちゃんの一家が敵に狙われたのかしら?」とサラ。
「んーー」
 リィルは上を見上げて考え込んだ。
「実は、俺も良くわかってないんだ。俺末っ子だから、肝心なことは何ひとつ教えてもらってなくて」
「そうなのか……」
「うちに代々伝わる家宝かなんかあって、」とリィルは言う。
「それが敵さんに奪われると、すっごいやばいらしいんだ。『大陸全土の存亡に関わる』とか父さんが言ってた。それで本物の家宝と、ダミーの家宝を父さんと母さんと兄貴と姉貴が持って、みんなでバラバラに逃げたってわけ」
「ふうん。なんか大変なんだな……。お前の一家」
「リィルちゃんは持ってないの? その家宝」
「俺は何も持ってない。俺の存在自体がダミーってことなんじゃないかな。……あっ、バートとサラだから話したけど、このこと誰にも内緒で」
「了解」
「ところで、どうしてバートはサウスポートへ?」
 とリィルが尋ねてきた。
「そりゃもちろん、お前の一家のことが心配になって、」
「それだけ?」とリィル。
「さっき、バート、父親さんの名前を出してたけど……」
「…………」
 バートはため息をついた。サラにも知られていることだ。そのうち、ピアン王も知ることになるかもしれない。バートはリィルにも話すことにした。
「お前は見なかったか? 俺の父親」
 バートは尋ねてみた。リィルは黙って首を振った。
「そうか」
「…………」
 そこで、会話は途切れた。三人はしばらくの間、無言で静かな闇の中を乗用陸鳥ヴェクタに揺られて進んでいた。
 バートは迷っていた。このまま首都に帰ってしまって良いのだろうか。さっきのアビエスとかいう赤い翼持つ者。あいつを追いかけて、父親のことを問い詰めたかった。でも、リィルは「無駄だ」と言った。サウスポートは、異形の者たちに完全に占拠されてしまったと。
(父親――。俺は……)
 バートは唇を噛んで乗用陸鳥ヴェクタの手綱を強く握り締めた。



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