翼 持 つ も の ( 2 )


「来た……か」
 窓の外に目をやって、エニィルはつぶやいた。近所の者たちは皆逃げたと思う。エニィルと彼の妻、三人の子供たちは未だ、家の中から外の様子をうかがっていた。時折誰かの悲鳴が聞こえてくる。複数の足音も。ドン、という衝撃音も。
「いい加減、この家が燃える前に、何とかしなくちゃなあ」
 エニィルは家の中を振り返った。彼の妻と三人の子供たちがじっとこちらを見つめていた。
 『彼』が来たのは、あまりにも突然だった。彼が来たことを、エニィルはすぐに感知した。ということは、彼にも自分の居場所、少なくともすぐ近く、ここサウスポートに自分がいることはわかっているはずなのだ。『彼』とエニィルは、初めて会ったときからそうだった。何故なのか、それが何を意味するのかは、少なくともエニィルにはわからないのだが。
(まさか彼らは、禁断のあの技術を……)
「お父さん!」
 娘の鋭い声にエニィルははっと我に返った。
「そろそろ話してよ。私たちが、これから何をすれば良いのか。覚悟はできてるし、お父さんの言うことなら何だってするから」
 ね、とエニィルの長女は弟二人に目をやった。二人とも真剣な眼差しで大きくうなずく。
「ありがとう」エニィルは言った。
「かなり、無理言うことになるけど、」
「全然オッケー」
 エニィルの娘は不適に微笑わらった。

 *

 リィルはエニィルの次男で、三人姉弟(きょうだい)の末っ子だった。年齢は十七歳で、バートと同い年。バートのことは小さい頃から良く知っていた。以前、ピアン首都に住んでいたとき、良く一緒に遊んだものだった。その後、リィルの家族はここサウスポートに移り住んだのだが、年に何度かは、首都のバートの家に遊びに行っているし、バートたちがこちらに遊びに来ることもあった。リィルの両親とバートの両親は、昔からの知り合いなのだそうだ。
 リィルは姉エルザと一緒にサウスポートの街道を駆けていた。父と母と兄は一緒にはいない。街道脇の民家のほとんどは敵に破壊され半壊し、煙を上げているものもあった。道端には血まみれの小動物が横たわっていたりしたが、リィルは目をそらしながら姉の背を追いかけて駆けていた。今は姉の他に人影は見えなかった。
「調子はどお? 万全?」
 走りながら姉が声をかけてきた。姉は息ひとつ切らさないで駆けている。
「うん、わりと」リィルは答える。
「敵が現れたら頼りにしてっからね。任せたわよ」
「でも姉貴のほうが強いじゃん」
「あんたもそこそこでしょ」とエルザは言う。
「ピアンの将軍の息子と互角に渡り合えるんだから」
「……まーね」
 リィルは水の精霊を扱うことが出来る。その攻撃力は大人をも凌ぐほどだった。首都にいた頃、バートとは良く「決闘ごっこ」をやっていた。どちらかが適当に「果たし状」を書いて相手の家に投げ込み、空き地で手合わせをおこなう。バートとの決闘の勝敗の結果は五分五分。最初はリィルのほうが強かった。昔のバートはいわゆる「精霊音痴」で、リィルが水の精霊を自在に操ることができる一方、バートは炎の精霊を召喚できたとしても一瞬で、ましてや思い通りに操ることなんて全くできなかった。
(それがいつの間にか「精霊剣」なんて器用なこと覚えちゃってさ)
 親友が強くなることは嬉しいのだが、自分が負けることはちょっと悔しい。自分は負けず嫌いなのかもしれない。
 空き地で決闘をしていると、時々見回りのピアン兵士たちに「何やってるんですかっ」と止めに入られた。「死んだらどうするんですかっ」と言われたこともあった。それほど凄まじい試合を繰り広げていたらしい……。そういえば決闘で大怪我して、もしくはバートに大怪我をさせて、姉エルザに本気で殴られたこともあった。



inserted by FC2 system